閉店後の倉庫では、床が一拍だけ遅れて沈む。
建機レンタル会社で棚卸しを手伝った人から聞いた話だ。そこには転圧機や発電機のような機械が何台も並び、天井には太い配管が走り、奥の棚には箱や工具が詰め込まれていた。昼間は油と埃の匂いがするだけの場所なのに、夜になると機械の足元だけが妙に暗くなる。
その人は在庫番号を控えるため、ひとりで倉庫に残っていた。燃料コックは閉まっている。鍵も抜いてある。なのに、奥の転圧機の橙色のばねが、ゆっくり沈んだ。
ぎゅ、と音がした。
機械は動かなかった。ただ、ばねだけが縮み、戻った。続いて隣の機械、その隣の黒い機械、透明なシートを被せられた中央の一台。まるで見えない誰かが、順番に足を乗せて重さを確かめているようだった。
床を見ると、緑の塗装に細い白い線が浮いていた。傷ではない。ひびでもない。肋骨のような線だった。一本、二本、三本。転圧板の下から、床の内側を押し返すように増えていく。
逃げようとして振り向くと、入口の前にある小さな機械の踏み板が、音もなく少し上がった。下には何もないはずだった。だが、踏み板と床の隙間に、白いものが見えた。
顔だった。
立っている顔ではない。覗いている顔でもない。床に押し込まれ、機械の重みで薄く延ばされた顔が、緑の塗装の膜の下からこちらを見上げていた。目だけが潰れずに残っていて、瞼のない黒い点が、踏み板の影の中で濡れていた。
その人は声を出したつもりだった。けれど声は出なかった。喉から空気が抜け、天井の丸い配管口が、低く震えた。倉庫中の機械のばねが、いっせいに沈む。
ぎゅ。
床の白い線が増えた。肋骨だったものは背骨になり、肩になり、折れた腕の形になった。透明なシートを被った中央の機械の下で、何かが身をよじった。シートは揺れていない。揺れているのは床のほうだった。緑の塗装が皮膚みたいに波打ち、その下で作業服の袖口だけが、何度も押し潰されては戻った。
そのとき、棚の上から古いヘルメットが落ちた。床に当たった瞬間、ヘルメットは割れずに、ぺしゃりと平たく潰れた。中から乾いた土のような粉がこぼれ、その粉が床を這って、踏み板の下の顔へ集まっていく。
顔はまだ、こちらを見ていた。
近づいてきているのではなかった。倉庫全体が、その顔の上に少しずつ降りているのだと、その人は思ったという。機械も、棚も、天井の配管も、自分の体も、全部が同じ踏み板になって、床の下にいるものをもう一度押さえつけようとしていた。
気がついたとき、その人は倉庫の外に倒れていた。夜明け前だった。シャッターは閉まっていて、鍵も内側にかかったまま。どうやって外へ出たのか分からない。
朝、社員たちが中を確認すると、機械は一台も動いていなかった。床にも人の形は残っていない。ただ、すべての転圧板の裏に、同じ白い粉がついていた。
拭いても取れない粉だった。
さらに、中央の機械の下だけ、緑の床がわずかにへこんでいた。人ひとりが仰向けに寝られるくらいの長さで、胸のあたりに、細い肋骨の線が何本も浮いていた。写真に撮るとただの汚れに見える。けれど実際に倉庫へ入ると、そこだけ足音が鳴らない。
その会社では今も、閉店後に機械を床へ直置きしない。必ず角材を噛ませて、踏み板を浮かせる。
それでも、たまに朝になると、角材が一本だけ粉になっている。
そしてその下の床には、薄く平たい顔の跡が残る。
押し潰されても、まだ上を見ている顔の跡が。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


