梁の間の人影

写真怪談

駅前の複合ビルには、ホテル棟とオフィス棟のあいだに、短い屋根付きの通路がある。

真上だけが四角く抜けていて、青い空へ向かって二本の白い梁が斜めに渡っている。左の壁は白いタイルで、小さな黒い窓が同じ間隔で並び、右側のガラス張りの壁には、その空と梁が少し暗く映る。昼間なら怖がる理由など何もない場所だった。

ただ、晴れた日の正午前後だけ、屋根の端に黒いものが出た。

最初は布切れだと思われていた。工事の養生が剥がれたとか、鳥除けのネットが引っかかったとか、そういう話で済んでいた。けれど、通勤でそこを使っていた男は、三日続けて同じ場所にあるのを見て、少しおかしいと思った。

風が吹いても揺れない。雨の翌日にも濡れていない。しかも見るたび、黒い部分が少しずつ長くなっていた。

四日目、それはもう布ではなかった。

屋根の暗がりから、ひとりぶんの上半身が垂れていた。人影、と呼ぶしかない形だった。顔はない。ただ、頭のあるべき場所が潰れたように横へ伸び、肩だけが不自然に広い。腕は二本の梁に沿って長く這い、肘の関節が、人間とは逆の方向へ折れていた。

男が足を止めると、それも止まった。

いや、最初から動いていなかったのかもしれない。ただ、見上げた瞬間に、こちらを見ている形へ整ったように感じた。

周囲の人は誰も気づかず、黙って通り過ぎていく。男は視線を外し、右側のガラス壁を見た。そこには青空と梁が映っているはずだった。だが、ガラスの中では、黒い人影が一階ぶん低い位置にいた。

見間違いではなかった。

実際の屋根の端ではなく、反射の中だけで、それは梁を伝って少し降りていた。腕を梁に絡ませ、骨のない胴を引きずるようにして、白いタイルの壁へ近づいている。男が顔を上げ直すと、屋根の端の黒いものは、元の位置でじっとしていた。

その日から、通路に小さな痕跡が残るようになった。

白い梁の裏に、黒い指の跡が五本ずつ付いていた。塗料の汚れではない。煤でも油でもない。警備員が拭いても、翌朝には少し下の位置に戻っていた。左のビルの窓にも、内側から額を押しつけたような丸い曇りが浮いた。窓は開かない構造で、清掃会社も「外からは届かない」と言った。

男はその通路を避けるようになった。

しかし、見てしまったものは、場所を選ばなくなった。

会社の廊下で天井の梁を見上げると、蛍光灯の端に黒い筋が引っかかっている。駅のホームで屋根の骨組みを見れば、柱と柱の間に、長すぎる腕の輪郭が一瞬だけ見える。家に帰っても、部屋の天井に、あの二本の梁と同じ角度の影が落ちる。

窓の外には梁などない。

マンションの向かいは平たい壁で、空も細くしか見えない。なのに昼になると、天井に斜めの影が二本現れ、その間に黒いものが少しずつ溜まった。最初は染みのようだった。次の日には肩になり、その次の日には首のない頭部になった。

ある晩、男は椅子に乗って天井を拭いた。

雑巾は真っ黒になった。濡れてもいないのに、冷たい雨の匂いがした。拭き終えた天井には何も残っていなかったが、椅子から降りると、床に黒い粉が落ちていた。

粉は、丸く並んでいた。

ちょうど、天井から逆さに降りた誰かが、両手の指を床へついたような形だった。

男はそれ以来、天井を見ないようにして暮らしている。朝、目が覚めてもすぐには起きない。部屋の角を見ない。蛍光灯の反射を見ない。外では庇の下を歩かない。

それでも、晴れた日の正午前後だけは、部屋の中が少し青くなる。

窓の外にはないはずの空が、天井の隅に細く映るのだという。そこには白い梁が二本渡っていて、その間から、黒い人影がこちらを覗いている。

以前より、だいぶ近い。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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