青いホースの輪は、片づける順番を勝手に決めていた。
空き家の裏庭には、波板の壁、古い木板、割れたブロック、倒れた梯子、緑のコンテナ、鉢、そして何重にも巻かれた青と白のホースが押し込まれていた。残置物処分としては珍しくない。面倒ではあるが、可燃、不燃、資源、処理困難物に分ければ終わるはずだった。
ところが作業員たちが分別袋を広げる前に、廃材のほうには、もう札が付いていた。
木板の端に「可燃」。ブロックに「不燃」。ホースの結束部分に「資源」。そして、梯子と壁のすきまの暗いところにだけ、「保留」と書かれた白い札がぶら下がっていた。紙は新しくない。雨を吸って波打ち、文字だけが異様に濃い。誰が付けたのか誰も知らなかった。
気味が悪いと言いながらも、作業は始まった。
最初に木板を可燃の山へ運ぼうとした作業員が、途中で足を止めた。板は軽い。持てない重さではない。なのに、可燃袋の口へ近づけるほど、手首の中だけがぎしぎしと乾いた。爪の裏に木くずが入ったような痛みが走り、袋の口に触れた瞬間、板ではなく、その作業員の軍手に「可燃」の札が貼りついた。
札は剥がれなかった。
彼が笑ってごまかそうとすると、声がかすれた。喉の奥から、乾いた紙を丸めるような音がした。水を飲ませても治らない。彼が口を開くたび、緑のコンテナの中で、くしゃ、くしゃ、と小さな音が返ってきた。コンテナは空だった。だがそこには、彼が言い損ねた言葉だけが、薄いビニール片みたいに溜まっている気配があった。
次に、ブロックを不燃の山へ移した。
今度はブロックの重さが消えた。片手で持ち上がるほど軽い。おかしいと思った瞬間、持っていた作業員の足が地面から離れなくなった。足裏だけが裏庭に沈んだみたいに重い。ブロックは軽いままなのに、彼の膝から下だけが、石の重さを引き受けていた。
ホースはもっと悪かった。
青いホースをほどこうとすると、輪の内側の空気が先に動いた。風ではない。庭の中の湿り気が、輪の中心へ集まっていく。白いホースの表面だけが乾き、青いホースは濡れていないのに水道管の奥みたいな冷たさを持った。誰かが「これは資源でいいだろ」と言うと、ホースの札が裏返った。
そこには「水分」と書かれていた。
その瞬間、全員が喉の渇きを覚えた。真夏でもないのに唇が割れ、舌が上顎に貼りつく。持ってきたペットボトルの水は減っていない。けれど飲んでも飲んでも、体の内側だけが乾く。青いホースの輪が、庭にいる人間から“水分”だけを分けていた。
責任者は作業を中止しようとした。
だが帰ろうとすると、裏庭の出口が妙に遠く見えた。距離が延びたのではない。梯子の段、ブロックの角、ホースの円、木板の節目、そのひとつひとつが目に入るたび、体が勝手に判断してしまうのだ。
これは可燃。
これは不燃。
これは資源。
これは保留。
見たものを分けずには通れない。分けるたびに、自分の中の何かも同じように仕分けられていく。息は可燃。汗は水分。爪は不燃。声は保留。
責任者が無理に庭を出ようとしたとき、背後で結束バンドの締まる音がした。
ぱちん。
彼の手首に何かが巻きついたわけではない。服も肌もそのままだった。ただ、その音のあと、彼は「帰る」と言えなくなった。口の形は作れる。舌も動く。だが「帰る」という言葉だけが、緑のコンテナの底でくしゃりと鳴って、外へ出てこない。
結局、その日の搬出は一つも進まなかった。
廃材は減っていない。ホースも、木板も、ブロックも、梯子も、写真に写るままの位置にあった。だから管理会社は、最初それをただの作業放棄だと思った。だが翌週、別の業者を入れても同じことが起きた。さらに次の業者も、次も、誰ひとり「片づける」と最後まで言えなかった。
いまその物件は、裏庭への立ち入りを禁じて内見している。
それでも、窓越しに庭を見てしまった人は、帰り際に妙なことをする。靴の泥を払う前に、泥と小石を分ける。鞄の中身を、紙、金属、布、その他に並べる。喉が渇いたと言いながら、水を飲まず、自分の唇を指で押さえている。
裏庭の廃棄物は、なくならない。
跡を残して逃げもしない。
ただそこに積まれたまま、次に入ってくるものを待っている。片づけられる側ではなく、片づける側として。
青いホースの輪の中で、ときどき小さな音がする。
ぱちん。
それは廃材を束ねる音ではない。
誰かの分類が、確定した音なのだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

