海に近い町の神社で、夏詣に合わせた風鈴参道が作られたそうです。
参道はおよそ四十メートル。頭上には八百個ほどの風鈴が吊られ、梅雨の晴れ間になると、参拝客の足音より先に、ちりん、ちりん、と音だけが奥へ渡っていったといいます。
始まって五年目の行事でした。
風鈴には一つずつ短冊が下がっていました。願いごとを書くものではなく、涼しさを見せるための色紙です。赤、青、薄い黄、桃色。園児が好きだと言った色も、犬を連れた人が眺めていた色も、風が吹けば同じように揺れたそうです。
異変に最初に気づいたのは、朝の掃除をしていた人だったと聞きます。
風鈴の下を竹ぼうきで掃いていると、短冊の影だけが、参道の石畳に落ちていなかったそうです。
風鈴本体の丸い影はありました。吊り糸の細い影もありました。けれど、下に垂れているはずの短冊だけが、どこにもない。見上げれば確かに八百枚ほど揺れているのに、石の上には、舌を抜かれたような丸い影ばかりが並んでいたといいます。
その日は風が弱く、音もまばらでした。
ちりん、と鳴るたびに、影のない短冊が一枚だけ裏返る。裏には何も書かれていないはずでしたが、掃除の人には、そこに薄く「あと半年」と読めたそうです。
夏詣は、一年の半分を無事に過ごしたことに感謝し、残りの半年を願うものだと説明されていました。
だから、その言葉自体はおかしくありません。
ただ、その文字が、墨でも印刷でもなく、紙の繊維の奥から濡れるように浮いていたことだけが、妙だったといいます。
数日後、参道の長さを測り直す用事があったそうです。飾りの追加位置を確認するため、端から端まで巻尺を伸ばしたところ、何度測っても四十メートルに少し届かなかったと聞きます。
三十九メートル八十センチ。
翌日は三十九メートル六十センチ。
その次の日は三十九メートル四十センチ。
風鈴の数は変わりませんでした。八百個ほど、という数も、記録上は同じです。けれど、参道だけが少しずつ短くなり、かわりに短冊の影が、石畳の端から端へ、一本の長い帯のようにつながり始めたそうです。
その帯は、影というより、濡れた紙に近かったといいます。
昼の日差しの中でも乾かず、踏むと足音が一拍遅れる。踏んだ本人には何も感じられないのに、少し離れた人には、足裏から薄い紙を剥がすような音が聞こえたそうです。
そして、その音のあとにだけ、風鈴が鳴りました。
ちりん、ではなく。
ひとつ、という声に近い音だったといいます。
参拝客は気づかないまま通り過ぎました。写真を撮る人もいました。小さな子どもが桃色の短冊を指差し、犬が途中で急に動かなくなった。それでも、境内は夏の装いに包まれていたそうです。
夕方、片づけのために一枚の短冊が外されました。
色あせていたので、取り替えるつもりだったそうです。ところが短冊を外した瞬間、その風鈴だけが音を立てずに震えました。中の舌は残っているのに、揺れても鳴らない。代わりに、外した短冊の裏へ、細かな文字が増えていったといいます。
あと半年。
あと半年。
あと半年。
同じ文言が、紙の余白を埋めるように、何十も、何百も。
数えようとすると、どこからか風が吹き、参道の八百個ほどの風鈴が一斉に鳴ったそうです。
その時だけ、全ての短冊に影が戻りました。
ただし影は石畳に落ちず、参道を歩いていた人々の足首に、薄い紙のように貼りついていたと聞きます。本人たちは気づかず、そのまま鳥居の外へ出ていった。足首に揺れる影は、境内を出ると少しずつ短くなり、最後には見えなくなったそうです。
その夜、神社の人が風鈴の数を確かめました。
八百個ほどあるはずの風鈴は、見た目には何も減っていませんでした。
けれど、音だけが足りなかった。
端から順に鳴らしていくと、四十メートルの参道の途中、ちょうど五年前に最初の風鈴を吊った場所で、何個鳴らしても音が返ってこない区間があったといいます。そこだけ、舌がないわけでも、ひびが入っているわけでもない。ただ、内側の空洞が、音を受け取ったまま戻さない。
翌朝、その区間の石畳に、短冊が一枚落ちていました。
どの風鈴のものか分からない桃色の短冊で、表には何も書かれていませんでした。裏には、細い字でこうあったそうです。
もう半年。
その日から、参道を通る人の中に、ごくまれに、足首のあたりから涼しげな音をさせる人がいるといいます。
本人に聞いても、何も持っていない。靴にも飾りはない。けれど歩くたび、ちりん、と小さく鳴る。
音は、神社へ向かう時にはしないそうです。
帰る時だけ、鳴るのだと聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
涼を感じて800個の風鈴参道 いわき市の國魂神社 福島
涼を感じて800個の風鈴参道 いわき市の國魂神社 福島 | 福島のニュース│TUF (1ページ)こちらは色とりどりの風鈴が涼しさを感じさせてくれます。いわき市の國魂神社では、約40メートルの参道に800個ほどを飾った“風鈴参道”がお目見えしました。一年の半分を無事に過ごしたことに感謝し、残りの半年… (1ページ)

