砂の列、停車しないもの

写真怪談

バス停の歩道脇に、細く盛り上がった砂の筋ができていた。
縁石と舗装の境目にぴたりと沿っていて、誰かがわざわざ指でなぞったみたいにきれいだった。巣らしい穴は見えるのに、出入りしているアリは三匹しかいない。朝でも昼でも、見かけるのはいつもその三匹だけだった。

最初は、弱い巣なのだと思った。
けれど妙だったのは、三匹の役目が毎回きっちり決まっていることだ。先頭の一匹は空のまま出てくる。二匹目は砂粒を運ぶ。三匹目は何も持たず、巣穴の縁で長く止まっている。まるで見張りか、順番を数えているみたいに。

そのバス停は、夕方になると少し混む。
並ぶ人の靴先は、だいたい同じあたりに揃う。私は何日か続けてそこを見ていて、あることに気づいた。人が長く立っていた場所ほど、翌朝には砂の筋がわずかに太くなっているのだ。靴底で踏まれたなら崩れるはずなのに、逆に、そこだけ盛り上がる。

一度、会社帰りに、最後尾で十分ほど待ったことがあった。
足元でアリが一匹、私の靴の縁を回って、踵の真後ろで止まった。嫌な感じがして足をずらしたが、バスが来るまでのあいだ、三匹とも消えなかった。乗車口が開き、列が前へ流れたとき、私はなぜか一歩だけ遅れた。誰かに肩を軽く押さえられたような重さがあった。

その夜、帰宅して靴を脱いだとき、靴底の溝に乾いた砂が詰まっていた。
ただの土ではなかった。指で払うと、細かい粒のまじる砂の中に、黒く湿ったものが少しだけ混じっていた。泥とも違う。触ると妙にぬるくて、しばらく指先に体温みたいなものが残った。

翌朝、バス停へ行くと、砂の筋の途中に小さなくぼみが三つ並んでいた。
人の足跡ほど大きくない。アリの穴にしては深すぎる。
しかもその形が、妙に整っていた。つま先を揃えて立つ、人間の「待つ姿」を、縮めて押し込んだみたいに見えた。

その日の夕方、列の先頭に立っていた中年の男が、バスが来た瞬間にふらついた。
酔っているふうでもないのに、膝から崩れて、その場にしゃがみこんだ。周りの人が声をかけても、「ちょっと立っていたら、足の裏が薄くなった」としか言わなかった。変な言い方だった。だが私は、その言葉の意味が分かる気がしてしまった。
薄くなる。
削られる。
待っているあいだに、立っているための何かだけを、少しずつ持っていかれる。

それから気になって、朝の早い時間にも見に行くようになった。
人のいない停留所は、妙に静かだった。車の音は遠く、風も弱い。その静けさの中でだけ、砂の筋の表面が、ごく細かく震えているのが分かった。中に大量のアリがいる震え方ではない。もっとゆっくりした、息を潜めたような揺れだった。

やがて三匹は、砂粒ではないものを運び始めた。
白くて細い、削り節みたいな欠片だった。最初はタバコの紙片かと思ったが、違った。光り方が鈍く、曲がり方がやわらかい。あれは爪だ、と気づいた瞬間、背中が粟立った。
誰のものか分からない小さな爪を、二匹目が運び、三匹目が穴の縁で受け取って、中へ落とす。
先頭の一匹だけは、毎回、何も持たずにこちらを向いていた。

ある雨上がりの朝、砂の筋が崩れて、巣穴の口が少し広がっていた。
覗き込むつもりはなかったのに、目が吸い寄せられた。
中は暗いはずなのに、浅いところだけ濡れた光があって、その底に、粒ではないものがびっしり詰まっていた。砂、爪、糸くず、髪の毛、靴底のゴムの欠片。バスを待つ人間から、立っているあいだに少しずつ剥がれたものばかりだった。
そしてその混ざりものの中に、五本そろった、ごく小さな足指の形がいくつも埋まっていた。

その日から、私は停留所の白線の後ろに立たなくなった。
少し離れた場所で、バスが来るまで歩き続けるようにした。じっとしていると、足の裏の奥がむず痒くなるからだ。
それでも三匹は諦めない。
誰も並んでいない朝でも、巣穴から出てきて、縁石に沿って同じ筋を延ばしていく。待つ場所を、先に作っているのだ。

この前、バスを降りた高校生が、友達に笑いながら言っていた。
「この停留所、立ってると足、変に軽くなんない?」
冗談みたいな口調だった。
だが私は、その子の上履きの踵が、片方だけ妙に薄く削れているのを見た。

今も出入りしているのは、三匹だけに見える。
けれど、あの巣が本当に集めているのは、砂ではない。
停車中の数分間、人が地面に預けている重さの、ごく薄い一枚ずつだ。
だからあそこでは、長く待つほど、帰り道の足音が軽くなる。
軽くなったぶんだけ、巣の中では、まだ地上に出たことのない何かの脚が、少しずつ増えている。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです

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