雨の夜、細い坂道を上がってくる人影が二つあった。
赤い傘の人と、白い傘の人。どちらもゆっくり歩いていて、濡れた路面に靴音を落としていた。あの日、その二人を見ていた女性は、最初から数を間違えていなかったという。駅へ向かう道で、前にも後ろにも人はいない。道幅も狭い。誰かが紛れ込めば、傘の端がぶつかる距離だった。
けれど、電灯の下を過ぎたとき、二人の右側だけ雨音が変わった。
ぱらぱら、ではなく、ぼと、ぼと、と重い音がした。傘に当たっている音ではない。濡れた服から水が滴る音でもない。まるで、誰かが何も差さずに立っていて、その肩から雨を落としているような音だった。
女性は足を止めた。赤い傘の人も、白い傘の人も、振り返らなかった。
おかしいと思ったのは、そこに黒いものが見えたからではない。むしろ、黒いものは街灯の届かない影として、道端にいくらでもあった。問題は、その影の下だけが乾いていたことだった。
雨の路面は一面、細かく光っていた。家の壁も、ガードレールも、看板の支柱も、全部湿っている。なのに二人の横、低い柵のそばに、人ひとり分だけ艶のない場所があった。靴の形でも、水たまりの切れ目でもない。膝から下を縦に抜き取ったような、細長い乾きだった。
赤い傘の人が半歩進む。白い傘の人も進む。
その乾きも、遅れて進んだ。
女性は傘を強く握った。傘の骨が手の中で鳴った。その音に気づいたのか、白い傘の人が一度だけこちらを向いた。顔は暗くて見えない。ただ、その瞬間、乾いた影が二人のあいだに入り込んだ。
二人は並んで歩いているはずだった。だが影が入ったせいで、赤い傘と白い傘の距離が不自然に開いた。見えない誰かの肩幅だけ、きれいに。
それでも二人は気づかない。
女性は思わずスマホを取り出し、写真を撮った。撮った直後、雨音が一つ減った。坂道に響いていた重い滴りが止まり、普通の雨だけが戻った。
画面には、赤い傘の人と白い傘の人が写っていた。
そして右側に、黒い人影のようなものも写っていた。
だが女性が怖かったのは、そこではなかった。拡大すると、その黒い影には傘がなかった。頭も肩も判然としない。ただ、足元の路面だけが乾いている。乾いているのに、そこから細い水が流れていた。
水は坂を下らず、上へ流れていた。
翌朝、同じ道を通ると、雨はもう上がっていた。路面はほとんど乾いていたが、写真の黒い影が立っていた位置だけが濡れていた。人ひとり分、縦に黒く湿っていて、その縁には白い粉のようなものが薄く残っていた。
近くで見ると、それは乾いた泥でも、融雪剤でもなかった。
小さな足跡だった。
幼児のものほど小さい足跡が、黒い湿りの輪郭に沿って、内側を向いて並んでいた。外へ歩いた跡ではない。何かがそこに立っていた跡でもない。たくさんの小さな足が、その人型の濡れを外から囲んで、逃がさないように踏んでいた。
それから女性は、その道を夜に通らなくなった。
けれど、写真は消していないという。消そうとすると、なぜか画面の明るさが勝手に落ち、赤い傘と白い傘の間が暗くなる。そこに、黒い影はもう写っていない。
代わりに、二人の傘の内側が少しだけへこんでいる。
見えない誰かが、下から指で押しているみたいに。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

