敷かれない席

写真怪談

花見に合わせて近所の公園へ行った朝、夜の雨がまだ少し残っていた。芝も土も黒く湿っていて、敷物代わりの白いマットは自転車の前かごに丸めて掛けたままにした。桜は満開で、子どもたちは遊具のほうへ走っていったが、大人は三人とも、今日は座らずに立って見ていようという話になった。

最初におかしいと思ったのは、自転車の真下だった。花びらが一面に落ちているのに、前かごの下だけ、子ども一人がしゃがめるほどの丸い範囲で、きれいに花が避けていた。地面はそこだけ少し白っぽく乾いている。誰かがさっきまで座っていたような形だったので、靴で崩しておいた。ところが、娘が滑り台を二回すべって戻るころには、また同じ丸みができていた。今度は縁が少しだけ前へ寄っていて、自転車へ近づいていた。

しばらくして、前かごの網に掛けたマットの端へ、小さな四角い湿りが並んでいるのに気づいた。雨粒ではない。網目の形そのままに、きっちり同じ大きさで濃くなっている。外側が濡れるならまだわかる。だがその四角い跡は、外から押しつけたのでなく、巻いた内側から浮いてきたように見えた。端を少し持ち上げると、いちばん奥に挟まった桜の花びらが一枚だけ、裏返しのまま張りついていた。花びらの白い面には、前かごの針金と同じ格子模様がついていた。まだ一度も広げていない内側に、どうしてそんな跡が出るのか分からなかった。

昼近くになると、乾いた丸い跡はさらに動いた。さっきまで前輪の手前にあったのが、次に見た時にはちょうど前かごの真下へ収まっていた。花びらはそこだけ避け、周囲の湿った土には、ごく細い線が何本も残っている。靴跡でも車輪跡でもなく、濡れた指先で地面を押して、少しずつ体を引き寄せたような線だった。気味が悪くなってマットを持ち直した瞬間、自転車のハンドルが、誰にも触られていないのにほんの少しだけこちらへ切れた。倒れはしなかった。ただ、空いているはずの前かごが、一呼吸ぶんだけ重くなった。

娘が走って戻ってきた時、上着の背中に桜の花びらが貼りついていた。取ってやろうとして手を止めた。花びらの中心が、きれいな四角にへこんでいたからだ。しかも一枚ではない。背中の真ん中から肩にかけて、同じ網目のついた花びらが五、六枚、等間隔で並んでいた。娘は遊具に背をつけていないと言い、どこかへ座ってもいないと言った。では何がその網目を移したのか。そう考えた時、前かごの白い巻き端がひとりでにゆるみ、するりと半巻きぶんほどけた。

見えた銀色の内側には、湿りも泥もないのに、淡い桜色の粉が楕円に広がっていた。花粉とも違う、砕けた花びらの細かい色だった。しかもその楕円の外周だけが、前かごの格子に合わせたみたいに方眼状に抜けている。まるで網の上へ誰かが一度座り、そのまま内側へ沈み込んでから立ち上がったあとに、桜の色だけが残ったような痕だった。私はそれ以上見ていられず、娘を呼んで公園を出た。

家へ戻ってから、結局使わなかったマットを廊下で広げた。外側はただ湿っているだけだったが、いちばん内側の面からだけ、ぱらぱらと公園の砂が落ちた。続いて、桜の花びらが七枚。どれも折れていないのに、白い裏面へ前かごの格子がくっきり移っていた。しかも七枚のうち最後の一枚だけ、格子の上からさらに半月形の擦れが重なっていた。小さな尻の縁だけが、そこへ一度落ち着いたみたいな、妙に具体的な丸みだった。

翌朝、自転車を見に行くと、前かごは空だった。マットも乾いて、昨夜の花びらも片づけたあとだった。それでも、かごの底だけが朝露を弾いて、子ども一人ぶんの丸い面積で乾いていた。針金の網目の交点には、薄い桜色がまだ残っていた。花見の季節になると、地面が濡れている日は特にあの跡が出やすい。敷かれなかった席を、先に使って待っているものがいるのだとしたら、あの公園では毎年、誰かがひとりぶん余計に花を見ている。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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