都内のある寺院には、境内の奥に弁天様を祀った社がある。社へ向かう入口には古い石灯籠が立ち、正面には縦に「奉納」と刻まれている。長く雨風に晒された石肌は黒ずみ、火袋の小さな窓には、いつの頃からか蜘蛛の巣が張っていた。
寺の管理を手伝っている人によれば、その石灯籠そのものは特別珍しいものではなかったという。参拝者も、奥の朱塗りの社へ目を向けることのほうが多い。灯籠の文字を立ち止まって読む人など、ほとんどいなかった。
妙なことがあったのは、秋の境内清掃をしていた時だった。
石灯籠の足元に、五円玉が一枚落ちていた。珍しいことではない。賽銭を落としたのだろうと思い、管理の人は拾い上げた。ところが硬貨は、土の上にあったにしては妙に濡れていた。
水ではなかったという。指についたのは、薄くぬめるような湿り気だった。鼻へ近づけると、長いあいだ水の底に沈んでいた石を持ち上げた時のような、生臭い泥の匂いがした。
その日は雨が降っていなかった。石灯籠も、その周囲の地面も乾いていた。
拾った五円玉は社務所へ持っていき、ほかの落とし物と一緒に小さな容器へ入れた。翌朝、容器から硬貨がなくなっていた。
盗まれたとは考えなかった。五円玉一枚である。誰かが賽銭だと思って戻したのかもしれない。それより管理の人が気になったのは、石灯籠の火袋だった。
蜘蛛の巣の向こう側に、五円玉があった。
暗い石の空洞の中央に、硬貨が一枚だけ立っていたという。横になっているのではない。細い縁を下にして、まるで何かに支えられているように真っ直ぐ立っていた。
火袋の窓には蜘蛛の巣が張ったままだった。糸は切れておらず、埃の付き方にも乱れがなかった。硬貨を中へ入れるなら、蜘蛛の巣を破るか、重い上部を外すしかない。しかし、どちらにも触れた跡はなかった。
そのままにしておくのも気味が悪く、管理の人は細い棒で蜘蛛の巣を払い、硬貨を取り出した。前日に拾ったものと同じかどうかは分からない。ただ、その五円玉もひどく濡れていて、同じ泥臭さがしたという。
数日後、また一枚現れた。
今度は蜘蛛の巣を払わなかった。誰がやっているのか確かめるつもりで、硬貨を残したままにした。夕方には一枚だったものが、翌朝には三枚になっていた。
蜘蛛の巣は切れていなかった。
それから、硬貨は少しずつ増えた。五円玉だけではなかった。十円、百円、黒ずんだ古い一円玉。どれも火袋の奥に重なり、雨の降らない日でも濡れていた。ところが不思議なことに、一定の高さまで溜まると、次の朝にはすべてなくなってしまった。
空になった火袋には、蜘蛛の巣だけが残る。そして、その翌日からまた一枚ずつ硬貨が増え始めた。
寺の人たちは、しばらく黙って様子を見ることにした。賽銭箱から金が減っているわけではなく、参拝者から金銭をなくしたという届けもなかったからだ。誰かが悪戯をしているとしても、何のためにそんな手間をかけるのか分からなかった。
変化が起きたのは、冬を前に石灯籠の状態を確認した時だった。
管理の人が苔を落とすため、台座の周囲へ手をかけた。以前なら、ごくわずかだが石同士の継ぎ目が動く感触があったという。ところがその日は、びくともしなかった。
固着したのだろうと思われた。後日、境内の石材を見てもらう機会があり、職人にも確認してもらった。職人は灯籠の周囲を調べたあと、妙なことを言った。
石が沈んでいる、と。
地面へ沈んだのではなかった。いちばん下の台石そのものが、その下にある石の基礎へ食い込むように沈んでいた。周囲に割れはなく、角が欠けた形跡もない。それなのに、接している部分だけが数ミリほど低くなっていた。
「上から、ずっと重いものを載せているみたいだ」
そう説明されたが、何も載せてはいない。灯籠の形も以前と変わっていなかった。
念のため、古い境内整備の写真と見比べることになった。石灯籠の傾きや位置に、大きな違いはなかった。ただし一つだけ、写真からでもはっきり分かる変化があった。
正面の「奉納」という文字だった。
昔の写真では、文字の溝は浅く、ところどころ摩耗していた。現在の灯籠では、それが明らかに深くなっていたという。特に「納」の字だけが、削り直したように黒く沈んでいた。
誰かが彫った跡はなかった。石粉も残っていなかった。
その晩、管理の人は火袋の中を覗いた。硬貨は六枚あった。蜘蛛の巣の奥で、互いに触れ合うように重なっていた。
翌朝、六枚とも消えていた。
代わりに、「奉納」の文字のすぐ下へ、灰色の粉が細く溜まっていた。指で触れると湿っていた。乾いた石の粉ではなく、泥のように指へ貼りつき、例の生臭い匂いがしたという。
それ以降、寺では火袋の硬貨を取り出さなくなった。
誰かに知らせることもなく、蜘蛛の巣もできるだけ払わない。硬貨が増えても、消えても、そのままにしている。何をどこから集めているのか分からない以上、戻す先も分からないからだ。
ただ、一年ほど経った頃、管理の人は石灯籠の前で妙なものを見つけた。
「奉納」と刻まれた面の下端に、小さな丸い窪みができていた。五円玉より少し小さい円で、中心にも穴のような窪みがある。表面から押した跡ではなかった。石の内側に硬貨が埋まり、それが長い時間をかけて外へ浮かび上がろうとしているような形だったという。
その隣にも、もう一つ薄い円がある。
さらにその隣にもある。
寺の人は数えなかったそうだ。
今でも弁天様の社へ向かう人は、その石灯籠の脇を通る。昼間なら木漏れ日が差し、奥には朱塗りの社が見える。古い灯籠に蜘蛛の巣が張っていても、わざわざ覗き込む人はほとんどいない。
ただ、管理の人は一つだけ気をつけている。
火袋の奥に濡れた硬貨が溜まっている日に、その場で賽銭を数えないことだ。
以前、一度だけ、硬貨が消える瞬間に近くにいたことがあるという。何かが動く音も、落ちる音もしなかった。ただ石灯籠の足元が、ほんの少しだけ沈んだ。
その直後、「奉納」の文字の溝から、泥の匂いがした。
そして翌朝。
石の下端に浮かんでいた丸い窪みが、一つ増えていたという。
誰が何を納めているのか。
それを、何が受け取っているのか。
寺には、そのことについての言い伝えも、記録もないそうだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

