都内のある駅で、新しい改札口を造る工事が進められているそうです。
ホームの端には、駅ビルへ上がるためのエスカレーターが設置されていました。まだ運転は始まっておらず、周囲は白い仮囲いで塞がれています。すぐ近くには飲料の自動販売機が二台並び、頭上には古い鉄骨の屋根が低く広がっていました。ホームに差し込む日差しは強いのに、エスカレーターのある一角だけは、いつも薄暗かったといいます。
十月のある朝、そのエスカレーターで奇妙なことが見つかったそうです。
工事区画の点検を担当していた男性が、上りエスカレーターの手すりに、細長い光沢を見つけました。新品の黒いゴムに、何度も人の手が触れたような、鈍い艶がついていたのです。しかも、それは左右どちらにもあるのではなく、片側だけに残されていました。
男性は布で拭いてみました。しかし汚れではなかったようです。ゴムの表面そのものが、長く使い込まれたように滑らかになっていたといいます。
もちろん、そのエスカレーターはまだ一般客が乗れる状態ではありません。試運転も限られた時間に行われるだけで、工事区画は夜間も施錠されています。
ところが翌朝、手すりの光沢は、前の日より少し上まで延びていたそうです。
男性は同僚にも確認してもらいました。すると同僚は、少し首を傾げてこう言ったといいます。
「これ、二人分じゃないですか」
よく見ると、光沢は一本ではありませんでした。高さの違う二つの手が、同じ場所に何度も触れたような跡だったのです。一つは幅が広く、もう一つは細い。ところどころで二つの跡は重なっていました。
それから数日、同じ現象が続いたそうです。
朝になるたび、光沢のある部分が少しずつ上へ延びていました。まるで誰かが、毎晩ほんの数段ずつ、手すりを頼りに上っているようだったといいます。
男性は、その駅の再整備についての記事を読んでいました。新しい改札と駅の南北をつなぐ通路が、近く一般に開放される予定で、駅ビルの商業施設はその数日後に開業するそうです。
新しいエスカレーターやエレベーターも設けられ、これまで遠回りしていた人たちが、駅の反対側へ楽に行けるようになるのだといいます。
男性はその話を、昼休みに同僚としていました。
「便利になるよな。年寄りには特に」
すると、近くで作業をしていた年配の職人が、ぽつりと話し始めたそうです。
「前に、あそこにおばあさんが来てたんだよ」
工事が始まって間もないころ、ホームの端に、杖をついた高齢の女性がよく立っていたそうです。電車を待っている様子ではなく、工事用の柵の向こうを、じっと眺めていたといいます。
ある日、職人が声をかけると、女性は新しい通路がいつ開くのか尋ねたそうです。
「向こう側に娘が住んでるんです。でも最近、遠回りするのが大変になってね」
女性はそう言って、少し笑ったといいます。
娘さんは買い物の帰りに、ときどき駅の反対側まで迎えに来てくれるのだそうです。昔は二人でよく買い物をしたけれど、足が悪くなってからは、それも難しくなっていました。
「ここができたら、また一緒に歩けるかしら」
職人は、エレベーターもできるから大丈夫ですよ、と答えたそうです。
女性は安心したように頷き、それからしばらく工事を眺めて帰っていったといいます。
「でも、その後は見かけなくなったな」
職人はそう話して、作業へ戻ったそうです。
その翌朝、男性はエスカレーターの手すりに、また新しい変化を見つけました。
二本あった光沢のうち、細いほうだけが途中で途切れていたのです。
代わりに、少し上の位置に、別の細い跡が現れていました。指を揃えて手すりに置いたような形ではなく、何かを包むように、丸く曲がった跡だったといいます。
不思議だったのは、その跡のすぐ下でした。
ゴムの表面に、もう一つの手が重なっていたような、わずかな窪みができていたのです。
男性は、その形をしばらく見ていました。
誰かが、誰かの手を握っている。
そんなふうにも見えたそうです。
その日の夕方、男性は工事区画の片づけを終え、ホーム側の柵を閉めようとしていました。
すると、背後から小さな声が聞こえました。
「ゆっくりでいいよ」
女性の声だったといいます。
振り返っても、工事区画には誰もいません。ホームには電車を待つ人が数人いましたが、こちらを見ている人はいなかったそうです。
男性がもう一度エスカレーターへ目を向けた時、奇妙な音が聞こえました。
こつ。
こつ。
足音のようでした。
金属製の段板を、底の硬い靴で踏んでいるような音です。ゆっくりと、一段ずつ、上のほうへ移っていったといいます。
しかしエスカレーターは停止したままでした。段板も手すりも、動いていません。
それなのに、足音だけが上へ進んでいくのです。
男性は動かずに聞いていました。
途中で、足音が止まりました。
しばらくして、もう一度、先ほどの声がしたそうです。
「大丈夫。待ってるから」
それから足音が二つ、重なりました。
一つはゆっくりと。
もう一つは、その歩幅に合わせるように。
やがて音はエスカレーターの上端へ届き、まだ完成していない改札のほうへ消えていったといいます。
男性は、その晩のことを職人に話しました。
職人はしばらく黙っていたそうです。
そして、あの高齢の女性について、もう一つ思い出したことがあると言いました。
女性が最後に工事を見に来た時、誰もいない柵の向こうへ向かって、小さく手を振っていたそうです。
職人は、向こう側に知り合いでもいるのだと思っていました。
けれど、その日は休日で、柵の内側には誰もいなかったといいます。
「娘さんが迎えに来るって話だったから、てっきり……」
職人はそこまで言って、言葉を止めたそうです。
それから数日後、エスカレーターの工事区画では、手すりの一部を保護材で覆う作業が行われました。
男性は、例の光沢がどこまで延びているのか確認したそうです。
すると、二本の跡はいつの間にか、上端まで続いていました。
そして最後の数十センチだけ、妙なことが起きていたのです。
それまで寄り添うように延びていた二本の跡が、途中から一本になっていました。
片方が消えたのではありません。
二つの手が重なり、同じ場所を握ったように、ゴムの表面が一段深く窪んでいたのです。
男性は何も言わず、そこへ保護材をかけたそうです。
それ以来、足音は聞こえなくなりました。
ただ、ホームで働く人の中には、時折、白い仮囲いの向こうから、話し声のようなものを聞いたという人がいるそうです。
言葉までは分かりません。
けれど、二人で何かを相談しているような、静かな声なのだといいます。
新しい改札が開くまで、まだ少し時間があります。
やがて、駅の南北をつなぐ通路と新しい改札が、初めて一般に開放される日がやってきます。その日には、まだ誰も通っていないはずの場所を、大勢の人たちが行き交うのでしょう。さらに数日後には駅ビルも開き、今は白い柵で塞がれている場所に、買い物客や通勤客の姿が見られるようになります。
その時、あのエスカレーターの手すりに残された跡が、どうなるのか。
まだ誰にも分かりません。
ただ、工事区画を担当している男性は、最近になって、もう一つの変化に気づいたそうです。
エスカレーターの下端、新しく乗り込む人が最初に手を置くあたりに、別の小さな光沢が生まれていました。
それは、これまでの二本とは反対側の手すりでした。
まだ薄く、ほんの数センチほどの跡です。
まるで、誰かが下で待ちながら、これから上ってくる人に手を差し伸べているようにも見えるのだといいます。
誰が、誰を待っているのでしょう。
そして、新しい道が開いた時……その手を握るのは、これからやって来る人なのでしょうか。
それとも、もうずっと前から、そこにいた人なのでしょうか。
その答えを確かめたという人の話は、まだ聞いていません。
ただ、あのエスカレーターには、開通前から何度も誰かが通ったような跡が残っている……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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中野駅どう変わる!?|西改札は12月6日、アトレ中野は12月9日開業予定 – うちの大三郎(ウチノダイザブロウ) | 選挙ドットコム中野区議会議員の内野大三郎です。「中野駅の西口はいつから使えるの?」「アトレ中野はいつオープンするの?」以前から関心の高い中野駅西側の新駅舎について、具体的な日付が発表されました。中野駅の西改札と南北通路は2026年12月6日(日)正午から供用開始予定。アトレ中野は、その3日後の12月9日(水)に開業予定です。同じ建物にあるため、同時にオープンすると思われがちですが、開始日は異なります。今回…

