南の山あいに、古い温泉の湧く集落があるそうです。そこでは秋になると、収穫した渋柿を湯に浸して甘くする習わしが、百年以上も続いているといいます。十月も半ばを過ぎると、山の木々が少しずつ色づき、夕暮れにはどこからともなく焚き木の匂いが漂ってきます。
その集落には、柿を甘くする季節だけ、決して一人で近づいてはいけない木があるそうです。
昔は実をたくさんつけた立派な柿の木でしたが、いつの頃からか花も咲かず、葉も茂らなくなりました。それでも枯れることはなく、山の斜面に太い枝を広げたまま、何十年も立っているのだといいます。
ある年の秋、その集落へ、町から一人の女性が帰ってきました。祖母の暮らしていた家を片づけるためでした。祖母は春先に亡くなり、家にはまだ古い着物や茶碗、農具などが残されていたそうです。
女性が戻った頃、集落では柿の収穫が始まっていました。その年は夏の暑さと虫の被害で実りが少なく、集められた渋柿は三百キロほどだったといいます。人手も足りなかったため、女性は数日間、柿を湯に浸す作業を手伝うことになりました。
柿を浸す湯は三十九度ほどに保たれ、十五時間ほど経つと、不思議なくらい渋みが抜けるそうです。温かな湯から引き上げられた柿は、柔らかく、蜜のように甘くなります。祖母も生前、この柿を好んで食べていたといいます。
異変が起きたのは、作業を手伝い始めて三日目のことでした。
朝方、女性が湯から引き上げた柿を一つずつ拭いていると、妙なものが混じっていました。丸々とした赤い柿でしたが、手に取ると、果肉の一部分だけが柔らかくへこんでいます。傷んでいるのかと思い、皮を少し剥いてみると、女性は手を止めました。
皮の内側に、小さな歯形がついていたのです。
それは大人のものではなく、幼い子どもが噛んだような、細かな歯形でした。しかも皮には穴一つなく、果肉だけが内側から食べられたように欠けていたそうです。
女性は気味が悪くなり、その柿を捨てようとしました。ところが、一緒に作業をしていた年配の女性が、慌てて止めたといいます。
「それは、捨てたらいかんよ」
どうしてかと尋ねても、年配の女性はすぐには答えませんでした。ただ、柿を両手に載せてしばらく眺め、それから静かに言ったそうです。
「山の上の、木守りさんに返しておくれ」
木守りとは、収穫の時に最後の実を一つだけ木に残し、翌年の豊作を願う習わしのことです。女性も幼い頃、祖母からその話を聞いていました。しかし、なぜ歯形のついた柿を山へ返さなければならないのか、その理由までは教えてもらえなかったといいます。
年配の女性は、山道の途中にある古い柿の木を指さしました。そこには、もう何年も実をつけていない大木が立っています。
「暗くなる前に、根元へ置いてきなさい。枝には掛けんでいいからね」
女性は言われたとおり、夕方になってから柿を持って山道を登りました。
日はすでに山の向こうへ傾き、枯れ草の間から虫の声が聞こえていました。道端には小さな石仏がいくつか並び、赤い前掛けが夕風に揺れていたそうです。やがて木立が途切れると、あの柿の木が見えてきました。
幹は黒く、太い枝が空へ向かって曲がっています。足元には落ち葉が厚く積もり、木の根の間に、苔むした平たい石が置かれていました。
女性はそこへ柿を載せ、手を合わせて帰ろうとしました。
その時です。
背後から、かすかな音が聞こえました。
しゃり。
何かを噛むような音でした。
振り返ると、柿はまだ石の上にあります。風もなく、枝も揺れていません。ただ、その柿の丸い表面が、ほんの少しだけへこんでいたといいます。
しゃり、しゃり。
今度は二度、続けて聞こえました。
女性が見つめている前で、柿の皮が内側へゆっくりと沈みました。まるで、見えない誰かが果肉を一口ずつ食べているようでした。ところが、皮は破れません。赤い表面が少しずつしぼみ、その下で何かが小さく動いているように見えたそうです。
女性は身動きができませんでした。
やがて音が止むと、どこからともなく、幼い子どもの声がしました。
「……あまい」
それは、木の上から聞こえたようでもあり、女性のすぐ耳元から聞こえたようでもあったといいます。
女性は何も言えず、その場を離れました。背後では再び、しゃり、しゃり、と小さな音がしていましたが、振り返らなかったそうです。
翌朝、女性は年配の女性に昨夜のことを話しました。すると相手は、驚くでもなく、ただ何度かうなずいたといいます。
「今年も、食べてもらえたんだねえ」
それだけでした。
女性が、あの木には誰がいるのかと尋ねると、年配の女性は困ったような顔をして、こう答えたそうです。
「それはねえ……昔の人も、知らなかったらしいよ」
その日の昼過ぎ、女性はもう一度、柿の木を見に行きました。明るいうちなら、昨夜の出来事も少しは確かめられるだろうと思ったのでしょう。
石の上に柿はありませんでした。
代わりに、木の低い枝から、小さな赤い実が一つぶら下がっていたそうです。
葉もなく、花も咲かない枝でした。それなのに、熟した柿が一つだけ、何事もなかったようについていたのです。女性が近づいて見ると、実の表面には、小さな歯形のようなへこみがありました。
その時、妙なことに気づいたといいます。
柿の実は枝の下にぶら下がっているのに、へこんだ部分だけは、いつも上を向いていたのです。枝の位置を変えても、風が吹いて実が揺れても、そこだけは決して下を向かなかったそうです。
女性は手を伸ばしかけましたが、触れずに帰りました。
祖母の家へ戻って古い戸棚を整理していると、一番下の引き出しから、小さな木箱が見つかりました。中には古びた手拭いと、祖母が何十年も使っていた竹の小刀が入っていました。
その下に、一枚だけ、黄ばんだ紙が敷かれていたそうです。
紙には、祖母の字で短い言葉が書かれていました。
「木守り柿は、あまくしてから返すこと」
それだけでした。
何のためにそうするのか、誰に返すのかは書かれていません。ただ、紙の端には、子どもが描いたような小さな柿の絵があり、その隣に、丸い頭と短い手足を持つ人の姿が描かれていました。
女性は、祖母が幼い頃に描いたものだろうと思い、その紙を木箱へ戻しました。
それから何日かして、女性は集落を離れました。
その年の柿は、数こそ少なかったものの、例年にないほど甘く仕上がったそうです。村人たちは喜び、温かな柿を分け合って食べました。山の木守り柿については、誰も特別なことを口にしなかったといいます。
ただ、一つだけ、妙な話が残されています。
女性が集落を離れた翌朝、あの柿の木の根元に、小さな柿の種がいくつも落ちていたそうです。どれもきれいに洗われたように白く、まだ乾いていませんでした。
その種は、村の老人が拾い集めて、木の根元へ埋め戻したといいます。
そして翌年の秋。
あの木には、再び柿が一つだけ実りました。
それから毎年、秋が深まる頃になると、葉もつけない古い枝に、赤い柿が一つだけ現れるのだそうです。鳥がついばむことも、地面へ落ちることもありません。
ただ、秋の終わりに誰かが木の下を通ると、ときおり小さな音がするそうです。
しゃり、しゃり。
まるで、幼い子どもが何かをおいしそうに食べているような音です。
その音を聞いた人の中には、ふと、遠い昔の食卓を思い出す人もいるといいます。もう顔も思い出せない誰かと向かい合い、温かなものを分け合っていたような、そんな記憶です。
けれど、あの柿の木の下で食事をしたという人は、一人もいません。
最後に、その木を見に行った人から聞いた話があります。
枝に実った柿は、すっかり熟していたそうです。ところが、木の根元へ落ちていた種の一つを拾ってみると、まだ人肌ほどの温かさが残っていました。
その種には、乳歯ほどの小さな歯が当たったような跡が、二つだけついていたといいます。
誰が食べているのでしょう。
そして、なぜ毎年、一つだけなのでしょう。
集落の人たちは、今もその理由を尋ねないそうです。
ただ秋になると、十五時間かけて甘くした柿を一つ、あの木の根元へ運ぶのだといいます。
翌朝、そこには何も残っていないそうです。
……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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