住宅地を流れる川に、車一台が通ればそれなりの存在感がある、低い橋が架かっている。橋の両側には白い金属製の欄干があり、ところどころ太いコンクリートの柱で区切られていた。長く伸びた蔦が柱や橋の側面を覆い、夏の終わりになると、橋の下まで葉が垂れていたという。
ある年の初秋、欄干の塗装状態を確認するため、二人の作業員が橋へ入った。錆びた箇所を記録し、伸びすぎた蔦を避けながら柱のひび割れも見る、ごく普通の点検だった。昼を過ぎても日差しは強く、白い欄干は触れば手を離したくなるほど熱を持っていた。
川の中央に近い柱だけが、濡れていた。
蔦の葉から落ちた水だと思ったらしい。だがその日は何日も雨がなく、葉も土も乾いていた。柱の表面には、掌ほどの楕円形の濡れ跡があり、指で触れた作業員は思わず手を引っ込めた。
冷たかった。
ちょうどそのとき、冷凍配送トラックが橋を渡っていった。作業員の一人は、それを見て「冷凍車が停まってたんじゃないか」と冗談めかして言ったという。もちろん、道路の上を走る車両と欄干の柱に直接の接触はない。それでも説明のつかないものを見つけたとき、人はまず、目の前にあるそれらしいものを理由にしたくなる。
携帯していた表面温度計を当てると、隣の柱は二十五度を超えていた。問題の柱は八度しかなかった。蔦をめくって別の場所を測っても同じで、冷たい範囲は表面の濡れ跡より少し広く、コンクリートの内部へ向かうほど温度が下がっているようだった。
布で完全に拭き取ってから、二人は別の区画の点検へ移った。一時間ほどして戻ると、楕円形の跡はもう濡れていた。水が上から垂れた筋はなく、柱の下から染み上がった形でもない。白いコンクリートの真ん中だけが、じわじわと汗をかいていた。
翌朝、管理会社の担当者を伴って確認すると、濡れ跡は縦に伸びていた。前日は掌ほどだったものが、柱の中央から上へ細く続き、その先にある白い欄干の一本まで曇っている。金属の表面には細かな水滴が付き、そこだけ朝露を残したようになっていた。
橋の内部に水道管は通っていなかった。雨水を流す設備も、その柱とは離れている。過去の補修図面を確認しても、柱は中空ではなく、鉄筋を入れたコンクリートの部材として記録されていた。
それでも担当者は、内部へ水が回っている可能性を疑った。放置して鉄筋が腐食すれば問題になるため、後日、小さな試料を採ることになった。
乾式のコアドリルで、濡れ跡の中央から慎重に穴を開けた。
十センチほど入ったところで、作業員が機械を止めた。刃先から出てくる灰色の粉に、白い粒が混じり始めたためだった。粉塵ではない。摘まんだ指の上で透明になり、水滴へ変わった。
氷だった。
抜き取った円柱状のコンクリートを調べると、その中心近くに、鉛筆より細い透明な筋が通っていた。外から入り込んだ水が凍ったのなら、そこまで続く亀裂や空隙があるはずだった。しかし周囲のコンクリートは密で、表面から氷までつながる割れ目は見つからない。
試料を日の当たる場所へ置くと、氷は二十分ほどで溶けた。あとには直径七ミリほどの滑らかな穴が残った。ドリルで開けたように真っ直ぐな穴だったが、内側には削った痕跡がなく、細かなセメントの肌まで途切れず続いていたという。
位置をずらして、もう一か所採った。
そこにも氷があった。
二本の氷の位置を図面へ落としてみると、上下でほぼ一直線だった。柱の中を細い氷が縦に貫いているように見えた。しかも下側の試料では、その筋が柱の底へ向かってそのまま続いていた。
その柱は交換することになった。橋そのものの強度に問題はなかったが、原因不明の空洞を抱えた部材を残しておく理由もない。数日後、欄干を一部外し、柱を基部から切り離す作業が行われた。
切断面が見えたところで、作業が止まった。
柱の中央に、小さな丸い氷が見えていた。
それ自体は予想していた。しかし氷の筋は、柱の底で終わっていなかった。柱を取り外したあと、その真下にある橋の床版を見ると、まったく同じ位置に直径七ミリほどの白い点が残っていた。
触ると、それも氷だった。
橋の上から入った細い氷が、柱を抜け、その下の厚いコンクリートの中へ続いている。そう考えるしかない位置だった。
床版を壊すわけにはいかないため、それ以上は掘らなかった。代わりに作業員の一人が川岸へ降り、橋の裏側を確認した。上で柱が立っていた位置を測り、橋の下面まで辿ったという。
そこには、硬貨ほどの白い霜が付いていた。
気温は二十四度あった。周囲のコンクリートは乾いており、水漏れもない。白い霜だけが、橋の裏側に丸く張りついていた。
作業員が見上げていると、霜の中央に透明な水滴が膨らんだ。落ちてくると思い、一歩だけ身体を引いたという。
水滴は落ちなかった。
しばらく丸く垂れ下がっていたあと、ゆっくり潰れ、コンクリートの中へ吸い込まれるように消えた。
橋の点検記録には、そこまで書かれていない。正式な記載は「局所的な低温および水分付着、原因不明」で終わっている。問題の柱は新品と交換され、床版に残った小さな穴には補修材が充填された。
取り外した古い柱は、念のため会社の資材置き場へ運ばれた。
運搬した日の夕方には、内部の氷はすべて溶けていた。切断面に残った細い穴も乾いており、水分計にも異常は出なかったという。屋根のある場所へ横倒しにし、そのまま一晩置かれた。
翌朝、穴はまた氷で塞がっていた。
外気温は十九度だった。
作業員は氷を細い棒で押し出した。長さは十センチほどしかなく、その奥は空洞になっていた。水が溜まっている様子もない。念のため穴へ紙を差し込み、内部が乾いていることまで確認した。
次の日には、また透明な氷が詰まっていた。
三度目は誰も取り出さなかった。
その柱は現在も、資材置き場の隅に保管されているという。何かの調査に使う予定があるわけではない。ただ、捨てるには気味が悪く、かといって橋へ戻す理由もないため、置かれたままになっている。
橋のほうでは、その後大きな異常は起きていない。交換した新しい柱も乾いており、床版にも亀裂は出ていない。車も人も以前と変わらず通り、冷凍配送トラックが走っていくことも珍しくない。
ただ、翌年の定期点検で一つだけ、報告書には載らなかったことがあった。
交換した柱の、ひとつ下流側。
蔦に半分覆われた白い柱の中央に、掌ほどの濡れ跡ができていた。
測る必要はない、と前の点検にも立ち会った作業員は言ったそうだ。触らなくても分かるから、そのままにしておこう、と。
その日はよく晴れていた。
欄干は日差しを受けて熱くなっていた。
それでも濡れ跡の中心だけは、薄く白く曇っていたという。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

