都心の工事現場では、オレンジ色の油圧ショベルと大型トラックが、古いコンクリート壁を背にして朝から動いていた。赤いカラーコーンとロープで作業区画を切り、掘り出した土砂や砕いたコンクリートを順番に搬出する。重機のエンジン音と誘導の笛、金属がぶつかる音が絶えない、どこにでもある現場だったという。
異変は午前の搬出作業中に起きた。油圧ショベルが土砂の混じったコンクリート片をすくい、大型トラックの荷台へ落とした。荷台は目に見えて沈み、砂埃も舞った。
だが、落下音だけがしなかった。
エンジンの唸りは聞こえていた。無線機から別の作業員の声も聞こえ、近くで鉄板を踏んだ靴音まで普通に響いている。それなのに、数百キロはあるはずの塊が鋼板へ落ちた瞬間だけ、音が完全に抜け落ちていた。
誘導員は耳栓のせいかと思ったらしい。だがトラックの運転手も同じことを言った。座席には衝撃が伝わり、車体も一度大きく揺れたのに、後ろから何も聞こえなかったという。
次の一杯は普通だった。砕石が荷台を叩き、耳を塞ぎたくなるような音が現場へ広がった。その次も、その次も正常だったため、誰も作業を止めなかった。
昼前、もう一度だけ同じことが起きた。
そのとき落としたものには、曲がった鉄筋が突き出した大きめのコンクリート片が混じっていた。誘導員が危ないと思って位置を確認していたので、落ちた瞬間を数人が見ている。鉄筋の先が荷台の底を擦り、白っぽい粉まで跳ねた。
音はなかった。
現場監督はそこで一度作業を止めた。荷台へ上がって鋼板を確認したが、穴も割れもない。工具で叩けば普通に高い音が返るし、トラックのエンジンを切っても変わらなかった。油圧ショベル側にも異常はなく、その日のうちに原因を決めることはできなかった。
午後には別の搬出車を入れて同じ作業を行った。すると、どんな土砂を落としても音はした。念のため最初のトラックをもう一度同じ位置へ入れると、数回目の積み込みで、また一度だけ衝撃音が消えた。
そのトラックは夕方までに荷を処分場へ運び、空荷で車庫へ戻された。運転手は荷台に残った土を落とし、目立つ傷がないことを確認してから帰ったという。日中の件があったため、普段より念入りに見たことを覚えていた。
夜、車庫で金属を叩くような大きな音がした。
警備をしていた作業員が外へ出ると、停まっているのは昼間のトラックだった。エンジンは切れている。周囲には人影もなく、荷台には何も載っていない。それでも車体だけが、何か重いものを落とされた直後のように小さく揺れていた。
作業員が近づこうとしたところで、もう一度鳴った。今度ははっきり、空の荷台の中央からだった。鋼板へコンクリートを落とした時の、乾いた重い衝撃音だったという。
翌朝、荷台には見覚えのないへこみができていた。昨夕にはなかった場所だった。しかも、そのへこみの端には細い弧状の擦り傷があり、溝の中に灰色の粉が残っていた。
現場へ持ち帰って見せると、前日に誘導をしていた作業員が黙り込んだ。曲がった鉄筋が突き出していた、あのコンクリート片を覚えていたからだ。鉄筋の曲がり方と荷台の傷が、よく似ていた。
処分場へ運んだコンクリートが戻った形跡など、もちろんない。
その日から、現場監督は最初のトラックへ何を積んだかではなく、「落とした時に音がしたか」を確認させるようになった。異常は毎回起きるわけではなかったが、音が消えた日は、空荷になってから必ず荷台のどこかで衝撃音がした。
間隔も次第に短くなった。最初は車庫へ戻った夜だったものが、やがて処分場から戻る途中に鳴るようになった。信号待ちの最中、誰もいない荷台から突然大きな音がして、運転手が反射的にブレーキを踏み直したこともあった。
そのたびに、新しいへこみが増えた。
ある午後、とうとう積み込み前の空荷の状態で起きた。トラックを油圧ショベルの脇へ寄せ、作業員がロープの外で誘導位置を確認していた時だった。荷台から、現場中の人間が振り向くほどの衝撃音がした。
車体の後部が沈み、すぐ戻った。何かが落ちたように砂埃まで荷台の縁から立ち上がったが、中には何もなかった。覗き込むと、鋼板の中央に新しいへこみがあり、その底に砕いたばかりのような白い粉が溜まっていた。
そこで使用中止が決まった。トラックはその日のうちに現場から外され、別の車両へ交換された。新しいトラックでは、荷下ろしの音が消えることも、空荷から衝撃音がすることもなかったという。
問題の車両は整備工場へ送られた。荷台の床板には、通常使用でできた傷に混じって、明らかに新しい複数のへこみが残っていた。鋼材そのものに欠陥は見つからず、油圧装置や車体にも、荷台を内側から叩くような構造は存在しなかった。
修理のため、傷の集中していた床板を一枚切り取ることになった。切断中は何も起きなかった。外された鋼板もただの重い鉄板にしか見えず、工具で叩けば普通に音がした。
それでも工場の責任者は、その板をスクラップには出さなかった。念のため厚い鋼板二枚の間に挟み、四隅をボルトで締めて、資材倉庫の奥へ移したという。何かが落ちても、今度は板自体が動けないようにするためだった。
数か月後、倉庫整理の際にその束を動かそうとした作業員が、作業を中止した。
上から挟んでいた厚い鋼板が、わずかに内側へ曲がっていた。
外側には、何かをぶつけた跡はなかった。ボルトも緩んでいない。それでも中央だけが、挟まれている古い荷台へ向かって、ゆっくり押し込まれたように窪んでいた。
その束は今も解体されていないそうだ。
現場監督が気にしているのは、空の荷台から音がしたことではない。音のしなかったあの昼間、重いものは確かに一度、荷台へ落ちている。
ならば夜になって、もう一度そこへ落ちてきたものは何だったのか。
そして鋼板で挟んだ今も、何かがまだ「落ちる場所」を探しているのか。
それを確かめるためにボルトを外そうという人間は、まだいない。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


