昼過ぎの大きな駅で、その列車は乗り換え客を待って停車していた。窓の外では、向かいのホームを人が途切れなく行き来している。車内の窓際では二人の乗客が眠っていて、ひとりは腕に顔を伏せ、もうひとりはマスクをしたまま座席へ頭を預けていた。耳から伸びたイヤホンの線も動かず、どちらもかなり深く眠っているように見えた。
黒い窓枠を挟んで、外だけが忙しく動いていた。
発車まで数分あったため、乗務員が車内を通った。そのとき、窓の向こうを歩いていた駅員が、妙なところで立ち止まったという。
ちょうど、眠っている二人の正面だった。
駅員は手に書類を持ったまま、急に顎を落とした。目を閉じ、肩から力が抜けたようになった。それでも倒れず、立ったまま眠っているような姿勢で四秒ほど止まり、次の瞬間には何事もなかったように歩き出した。
乗務員は、疲れていたのだろうと思った。ところが続いて、スマートフォンを見ながら歩いてきた別の乗客も同じ場所で止まった。
今度は六秒ほどだった。
その人は目を閉じたまま画面を持ち、首だけをゆっくり前へ垂らした。そして黒い窓枠の端から身体が外れた瞬間、ぱっと顔を上げた。周囲を見回すこともなく、そのまま歩いていった。
発車ベルが鳴った。列車が動き始めると、それ以上おかしなことは起こらなかった。窓際の二人は眠ったままだったが、ほかの乗客には特に変化がない。
次の停車駅で、乗務員は同僚を呼んだ。
同じ窓を見るよう頼み、二人でホームを観察した。理由は説明しなかったという。
列車が完全に停止してから一分ほどして、一人目が現れた。窓の前を横切った会社員風の乗客が、歩幅を急に狭めた。目を閉じ、二歩だけ惰性のように進んでから止まった。
その後ろにいた人も止まった。
さらに、その横を追い越そうとした人まで目を閉じた。
三人が、それぞれ違う方向を向いたまま眠っていた。
十秒も経っていない。だがホームの人波は三人を避けるように二つへ割れ、誰かが肩へぶつかる直前、一人目が目を開けた。残りの二人もほとんど同時に顔を上げ、何もなかったように歩き始めた。
同僚はすぐ窓のブラインドを下ろした。
その駅では、それ以上何も起こらなかった。
列車が走り出してからブラインドを上げても、車内に異変はない。窓際の二人だけが相変わらず眠っている。二人は連れでもないらしく、会話をした様子もなく、それぞれ別の荷物を抱えていた。
さらに次の駅では、確かめるためブラインドを床から二十センチほどだけ開けたという。
人の顔は見えない。ホームを歩く人の靴と足首だけが、細長い隙間を通っていく。
清掃用のカートを押す作業員の脚がそこへ入った瞬間、膝が折れた。
作業員は両手でカートを掴み、その場にしゃがみ込んだ。すぐに立ち上がったが、驚いたように自分の足を何度も見ていた。あとで駅側から話を聞くと、「急に眠った感じがした」と答えたそうだ。眠気ではなく、目を閉じた記憶すらないのに、数秒だけ意識が飛んでいたという。
そこで運行側は、その窓のブラインドを終点まで閉じたままにした。
窓際の二人は、それからしばらくして別々に目を覚ました。体調不良もなく、呼びかけにも普通に答えた。眠っていた時間について尋ねても、二人とも「疲れていたので長く寝たかもしれない」と言うだけだった。
終点到着後、車両は点検へ回された。
窓ガラスに傷はなかった。遮熱材にも異常はなく、枠の固定状態も正常だった。清掃薬品の付着や、眠気を起こすようなガスが出る可能性まで調べたが、当然ながら何も見つからなかった。
ただ、駅の防犯映像には残っていた。
最初の駅では四秒。次の駅では最大十一秒。
問題の窓の正面へ入った人間だけが、映像の中で同じ姿勢を繰り返していた。
カメラが止まっているわけではない。周囲の人間や列車の表示灯は動き続けている。それなのに対象者の身体だけが、ひとつ前のフレームとまったく同じ位置へ何度も戻されていた。
頭を少し下げる。
戻る。
また少し下げる。
戻る。
映像上では、それを十数回繰り返してから、突然先へ進んでいた。
さらに奇妙なのは、その範囲だった。
三つの駅の映像を重ねると、異常が起きた場所は人の位置でもホーム上の目印でもなかった。停車した車両の、あの一枚の窓と同じ幅、同じ高さの長方形にぴったり収まっていたという。
ブラインドを完全に下ろした時間帯だけ、その長方形は消えていた。
窓ガラスは念のため交換された。交換後、同じ現象は起きていない。
取り外したガラスも廃棄されたと聞いていたが、実際にはしばらく整備施設に保管されていたらしい。原因不明の事例として確認できるよう、緩衝材を挟み、立てた状態で専用の棚へ入れてあった。
その後、処分の日を決めるため担当者が保管記録を確認した。
備考欄に、見覚えのない書き込みがあった。
文章ではない。
日付でもない。
「4」
「6」
「11」
三つの数字だけが縦に並んでいた。
それぞれ、最初の三駅で人が止まっていた最長時間と一致していた。
筆跡の主は分からなかった。記入した担当者の署名もなく、記録用紙は施錠された棚に保管されていた。
そして数字の下には、少し間を空けて、もう一つだけ書かれていたという。
「まだ二人」
その日、ガラスは処分されなかった。
整備施設では現在、その一枚を布で覆って保管している。ただし布を外してはいけないという正式な規則はない。
理由を知っている人間が、誰も外そうとしないだけだ。
写真のように、窓の内側で二人が眠り、その向こうで大勢の人が立っている光景を見ると、当時の乗務員は今でも窓枠を確認してしまうという。
眠っているのが、こちら側の二人だけならいい。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

