その夜、県内の国道にあるアンダーパスでは、初めての「予防的な通行止め」が行われることになっていたそうです。市内にレベル4の大雨危険警報が出たため、午前零時半から、前後の交差点を含むおよそ一キロを閉鎖する。全国七か所で始まった対策のうち、実際に規制を行うのは、その場所が初めてだったといいます。
午前零時三十分。
作業員たちは両側の交差点に柵を置き、赤い誘導灯を振って、残っていた車を迂回路へ案内しました。最後の一台が引き返したあと、若い作業員の携帯電話が鳴りました。番号は表示されなかったそうです。
出ると、女とも男とも分からない、ひどく小さな声がしました。
「もう、閉まりましたか」
作業員は聞き返しました。
「道路ですか」
「両方とも」
雨の音に紛れそうな声でした。作業員は、両側とも閉鎖していることを伝えました。
すると相手は少し黙ってから、
「なら、今日は入ってきませんね」
と言ったそうです。
通話はそこで切れました。誰かが規制状況を確かめただけだろうと考え、その時は気にしなかったといいます。ところが十分ほどすると、反対側の交差点にいた別の作業員から無線が入りました。そちらにも、同じ電話がかかってきたというのです。
「そっちからも、入れませんか」
そう尋ねられたそうです。声の主は名乗りませんでした。
二人が妙だと気づいたのは、そのあとでした。最初の電話では、受話口の向こうから雨音が聞こえていました。けれど二度目の電話では、雨音がしなかったのです。代わりに、
……ぎい。
……ぎい。
一定の間隔で、何かが擦れる音がしていたそうです。車のワイパーにも聞こえたといいます。ただ、その夜に規制された一キロの区間には、もう車は一台も残っていませんでした。
午前一時を過ぎるころには、雨脚がさらに強くなりました。アンダーパスの入口は、誘導灯の赤い光がなければ輪郭も分からないほど暗かったそうです。道路の管理をしていた年配の作業員が、念のため柵の位置を確認していると、今度は彼の電話が鳴りました。同じ、番号のない着信でした。
「中にいるんですか」
彼は最初にそう尋ねたといいます。しばらく返事はありませんでした。そして、
「出たいんじゃないんです」
と声がしました。
「入ってきてほしくないんです」
その言葉のあと、また、
……ぎい。
……ぎい。
と音がしました。
年配の作業員は、閉鎖しているから誰も入れない、と答えました。すると声は、
「前は、間に合わなかったから」
とだけ言ったそうです。
何が間に合わなかったのか、彼は尋ねませんでした。八月の豪雨で、このアンダーパスが冠水していたことは、その場にいた全員が知っていました。少し間を置いて、作業員は言いました。
「今日は閉じています。朝まで、誰も通しません」
電話の向こうで、あの擦れる音が止まりました。そして最後に、
「よかった」
と聞こえたそうです。それ以降、電話はありませんでした。
夜が明けて警報が解除されると、道路の点検が行われました。幸い、その夜は大きな冠水には至らなかったといいます。ただ、アンダーパスのいちばん低い場所で、妙なものが見つかりました。
古い電話の受話器でした。灰色がかった、小さな受話器です。コードは付いていません。道路の中央に、まるで誰かが通話を終えて静かに置いたように横たわっていました。周囲の舗装は雨水で黒く濡れていました。けれど受話器の下だけは乾いていたそうです。
回収した作業員が耳に当ててみました。当然、何もつながっていません。それでも一度だけ、
……ぎい。
という音がしたといいます。それから、小さく息を吐くような音がして、完全に聞こえなくなりました。
受話器は捨てられず、道路管理の詰所に置かれることになりました。誰が持ち込んだものなのかは分かっていません。ただ、その後もレベル4の警報が出る夜になると、ごくまれに妙なことがあるそうです。
通行止めへ向かう準備をしていると、棚の中から、
りん。
と、一度だけ電話の鳴る音がするのです。線などありません。電源もありません。
それでも古くからいる作業員は、棚を開けて受話器を取り、
「これから閉めますよ」
とだけ告げるそうです。返事があったことはありません。
そして午前零時半までに、きちんと両側を閉じ終えた夜には……
その受話器は、二度と鳴らないのだといいます。
誰が道路の内側で待っているのか。あるいは、もう誰も待たなくて済むようになったのか。それを確かめた記録は残っていないそうです……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
アンダーパスで予防的規制 全国初、大雨で千葉の国道
アンダーパスで予防的規制、千葉 全国初、大雨の国道16号で(共同通信) – Yahoo!ニュース国土交通省は7日未明、秋雨前線などの影響で大雨となった千葉市中央区村田町にある国道16号のアンダーパスで、車両の通行を予防的に規制した。8月の豪雨で冠水して1人が死亡した場所で、国が対策として全国

