赤で沈む足元

写真怪談

都内のある駅の東口にある高架下は、雨が上がっても路面だけがしばらく乾かない。鉄骨の影が横断歩道へ落ち、駅の明かりと店の看板が濡れた白線に伸びる。その中で、歩行者信号の赤い人型だけが、いつも少し強く光って見える場所があった。

夜間清掃の作業員は、最初それを水たまりのせいだと思った。赤信号が青に変わり、人が渡り始めても、信号の真下の誘導ブロックにだけ赤い人型の反射が残っていた。水を吸った石の上に、膝を揃えて立つ小さな人間を押しつけたような形だったという。

モップで拭こうとすると、布の先がそこで止まった。引っかかったのではない。表面は滑っているのに、布だけが重くなり、作業員の手首へじわりと戻る力が来た。もう一度こすった時、濡れたタイルの細い凹凸が、赤い形の内側だけ柔らかく沈んでいることに気づいた。

翌朝には乾いていた。変色も傷もない。管理担当者に話しても、信号の反射がそう見えただけだろうと言われた。実際、その交差点の信号は通常どおり動いており、制御盤にも異常は残っていなかった。

ただ、その頃から同じ場所で立ち止まる人が増えた。赤のあいだ待つのは当然だが、青になっても最初の数秒だけ誰も足を出さない。横から来た人が先に渡り始めると、ようやく列が動く。防犯カメラにもその様子は映っていたが、誰かが倒れるわけでも、信号が故障するわけでもないため、苦情にはならなかった。

一度だけ、駅へ向かう会社員がその場で靴を脱いだことがある。青になっても右足だけが前へ出ず、足裏を誰かに押さえられているようだったらしい。靴底には何も挟まっていなかった。けれど本人は、「ブロックの溝が足の裏側から浮いてくる感じがした」と言い、しばらく歩道の端で足を揉んでいた。

信号業者が呼ばれたのは、雨の夜にまた赤い人型が残ったからだった。今度は作業員だけでなく、駅員も管理担当者も見ている。青信号になり、車道側の明かりが切り替わっても、その形だけは消えなかった。濡れたタイルの上で、赤い人型は少しだけ背を丸め、信号機の中にいるものより下を向いていたという。

信号機はその場で点検された。赤いレンズを外しても、内部に水は入っていない。配線も焦げておらず、電圧にも問題はない。ただ、レンズの内側に薄い曇りがあった。外から拭いても消えず、内側から拭いても取れない。光にかざすと、曇りは歩行者マークと同じ人型をしていたが、手足の向きだけが逆だった。

業者は念のため赤いレンズを交換した。外した古いレンズは袋へ入れられ、駅の設備倉庫に保管された。その後しばらくは異変が収まったように見えた。雨が降っても、誘導ブロックに赤い形は残らない。青になれば、人も普通に歩き出す。

二週間ほどして、信号の真下の誘導ブロックが一枚だけ交換されることになった。表面の突起が妙に平らになり、白杖が滑る恐れがあったためだ。作業員がタイルを剥がすと、裏側に赤黒い染みがあった。表から染みた汚れではない。樹脂の奥から、熱でゆっくり浮き上がったような色だった。

染みは、やはり人の形をしていた。頭、胴、両腕、揃えた脚。その形の周囲だけ、裏面の樹脂が薄くへこんでいた。上から踏まれたのではなく、下から何かが何度も押し上げたように見えたという。

そのタイルも捨てられなかった。管理担当者は古いレンズと同じ倉庫へ運ばせ、棚の下段に立てかけた。ところがその夜、倉庫の奥から赤い光が漏れているのを巡回中の駅員が見た。電源のない袋の中で、外したはずのレンズがぼんやり光っていた。

光は床ではなく、向かいに置かれた古いタイルへ向いていた。タイルの裏側の人型が、袋越しの赤を受けて濡れたように光っている。駅員が近づくと、タイルのへこみの中に細かな水滴が浮いていた。倉庫は乾いていて、そこだけが雨上がりの高架下のような匂いをしていた。

翌日、レンズとタイルは別々の箱へ入れられ、鍵のかかる棚にしまわれた。以来、その信号機に大きな故障はない。赤も青も、決められた間隔で切り替わっている。横断歩道も補修され、誘導ブロックは新しいものになった。

それでも雨の日だけ、駅員の間には小さな決まりがある。赤信号の下で待つ時は、柱の真下に立たない。少し後ろへ下がり、濡れたタイルに赤い人型が映っていないかを見る。もし映っていたら、青になっても最初の一歩は急がない。

先に渡るものが、必ずしも人間とは限らないからだという。

古いレンズとタイルは、今も倉庫にある。箱には中身を書かず、ただ「雨天時開封不可」とだけ貼られている。ある駅員が棚の前を通った時、箱の内側から短く赤い光が漏れたことがあった。数秒で消えたが、翌朝、箱の底の段ボールだけが丸く沈んでいた。

そこには、濡れた靴底の跡ではなく、信号機の中にいる赤い人と同じ形のくぼみが残っていたそうだ。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

¥1,760 (2026/03/12 23:48時点 | Amazon調べ)

この怪談の怖さを評価する

星を押して、怖さを5段階で評価してください。

平均評価 0 / 5. 読者の怖さ評価 0

まだ評価はありません。最初の評価をお願いします。

 

タイトルとURLをコピーしました