八月二十四日の薄膜

ウラシリ怪談

ある大学の古い材料研究室には、誰が残したのか分からない小さな封筒があったそうです。
中には、菓子の包み紙ほどの薄い膜が一枚入っていました。半透明で、少し黄色く、触ると乾いた音がする。ただの古いプラスチック片にしか見えません。
封筒の表には鉛筆で、
「通ります」
とだけ書かれていたそうです。

何が通るのか、その研究室に来たばかりの若い職員は知りませんでした。
ところが、年配の技術員だけは、それを見ると少し黙ったといいます。
昔、この国で「電気を通すプラスチック」というものが研究され始めた頃、その薄膜とよく似た試料が研究室にいくつもあったのだそうです。
柔らかなものと、電気。
本来なら離れているはずの性質が、一枚の膜の中で一緒になる。
技術員は、それ以上の説明をしなかったそうです。

異変があったのは、八月二十四日の夕方でした。
若い職員が一人で片づけをしていると、引き出しの中から、ごく小さな音がしたといいます。
ぱち。
静電気に似ていました。
引き出しを開くと、例の封筒が少しだけ開いていました。中の薄膜が、机の上へ半分ほど滑り出ています。
その端に、小さな光がありました。
青でも白でもなく、古い豆電球のような、弱い橙色だったそうです。
もちろん、その膜には何もつながっていません。電源も、電池もありませんでした。

若い職員は触らず、年配の技術員を呼びました。
技術員はしばらく膜を見てから、
「今日だったか」
とだけ言ったそうです。
その日の夜、かつてこの分野を切り開いた一人の研究者が亡くなったという知らせが届きました。九十歳だったそうです。

技術員は翌朝、封筒を資料庫へ戻しました。
けれど、それから妙なことが続いたといいます。
誰もいない研究室で、古い実験台だけがほんのり温かくなる。使われていない測定器の針が、電源を入れていないのに一度だけ振れる。
そして、そのたびに薄膜には細い筋が一本ずつ増えていったそうです。
傷ではありません。
光に透かすと見える程度の、黒い線です。
一本。
二本。
三本。
技術員は、それを数えないよう若い職員に言いました。
理由は話さなかったそうです。

数日後、その技術員は退職のため研究室を去りました。
最後の日、若い職員に一つだけ頼んだといいます。
「あれが九十本になっても、捨てないでください」
若い職員は、その意味を尋ねました。
しかし技術員は少し考えてから、
「昔はね、研究室に来なくなった人の机も、しばらく電気が残っているような気がしたんです」
とだけ答えたそうです。

……それから数週間後。
薄膜の黒い筋は、九十本になりました。
若い職員は約束通り、捨てませんでした。
その夜、資料庫の照明を消そうとすると、棚の奥が一度だけ明るくなったといいます。
例の膜でした。
九十本の線が、ごく弱く光っていました。
けれど、それは回路のようには見えなかったそうです。
むしろ何本もの細い文字を、上から重ねて書いたようだったといいます。
読めたのは、一番下の一行だけでした。
「まだ通ります」

翌朝には光は消えていました。黒い線も、すべてなくなっていたそうです。
ただし、封筒の中には、それまでなかった小さな切れ端が一枚増えていました。
例の薄膜よりずっと小さく、人の指先ほどの大きさです。
表面には、指紋のような細かな溝がありました。
若い職員は、それを捨てずに同じ封筒へ戻しました。

その後、その研究室が移転した際にも、封筒だけは廃棄資料の中から見つかったそうです。
今も残っているのかは分かりません。
ただ、八月二十四日になると、その大学の古い建物のどこかで、電源の切れた実験器具が一度だけ小さく鳴る――
そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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