四国の海に近い町で、九十四歳の祖母と暮らす男性がいたそうです。
男性は十年ほど前から、祖母が料理をしたり、洗濯物を畳んだりするだけの日常を動画に残していました。特別な演出はなく、撮影も会話の途中から始まるような、ごく普通の記録です。
それでも長く見続ける人が増え、動画の総再生回数は、いつしか二億回を超えていたといいます。
八月二十七日の夕方も、男性は台所で祖母を撮っていました。
その日の映像を確認していて、最初の異変に気づいたそうです。
祖母の前に置かれたステンレスの鍋。
その丸い側面にだけ、小さな黄色い椅子が映っていました。
実際の台所には、そんな椅子はありません。
鍋の反射には冷蔵庫も流し台も男性の腕も映っています。けれど、それらの間に、子どもが座るほどの黄色い椅子が、きちんと四本脚で置かれていたそうです。
男性は古い動画も調べました。
すると、十年前の最初期の映像にも、その椅子はありました。
ただし、ずっと遠くに。
当時の鍋やガラス戸の反射、その奥の廊下に、小さく黄色い背もたれだけが見えていたといいます。
九年前には台所の入口。
八年前には食器棚の横。
六年前には祖母の後ろ。
映像が新しくなるにつれて、椅子は少しずつこちらへ近づいていました。
奇妙なのは、その間に台所を改装していたことでした。
床も棚も変わっているのに、黄色い椅子だけは同じ傷を背もたれに残したまま、十年間を渡ってきていたそうです。
男性は祖母にも映像を見せました。
祖母は何度か画面を覗き込み、それから、
「まだ来てない子やねえ」
とだけ言ったそうです。
誰のことか尋ねても、祖母は答えませんでした。
その夜、十年前の映像をもう一度再生していると、今度は音が聞こえました。
祖母が料理を皿へ盛りつけた直後です。
画面の外から、子どもの声で、
「ひいばあちゃん」
と呼ぶ声が入っていました。
男性には子どもはいません。
結婚もしていなかったそうです。
それでも映像の中の祖母は、聞こえているように顔を上げました。
十年前の祖母が、誰もいない廊下へ向かって笑い、
「はいはい。熱いから待ちなさい」
と言っています。
男性は、その場面を撮った記憶がありませんでした。
翌日の撮影では、もっと妙なことが起きました。
祖母が台所へ皿を運ぶ途中、床のクッション材が四か所、ゆっくり沈んだそうです。
小さな四角が、椅子の脚と同じ間隔で並びました。
何も置かれていません。
祖母はそこを避けることもなく、小さな茶碗を一つ床へ置きました。
そして、誰もいない場所へ、
「やっと来たね」
と声をかけたそうです。
男性は撮影を止めませんでした。
映像には、祖母と、小さな茶碗と、四つの窪みだけが残っています。
その後、茶碗がほんの少し傾きました。
中に入っていたご飯が、一口ぶんだけ減りました。
誰の手も映っていません。
その瞬間、台所にあったステンレスの鍋から、黄色い椅子の反射だけが消えたといいます。
撮影が終わっても、床の四つの窪みは戻りませんでした。
家具をすべて動かしても、その場所だけが浅く沈んだままだったそうです。
男性は今でも、祖母の日常を撮り続けています。
祖母も、ときどき撮影の前に、小さな茶碗をひとつ余分に用意するそうです。
ただ、その椅子が映像の中に現れることは、もうありません。
十年間かけて、少しずつこちらへ近づいていたものが……
いま、どこに座っているのか。
男性も祖母も、それだけは確かめないことにしているそうです。
床には今も、四本の脚が置かれたような窪みが残っています。
そして食事を撮った日の夜だけ、その窪みのひとつに、ごく小さな米粒が落ちているのだとか……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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