その交差点では、雨の日だけ緑の柱のそばに立たないほうがいい、と古くから言われていた。
高架の下に太い鋼鉄の柱があり、表面には丸い鋲が縦にも横にもびっしり並んでいる。大雨の日、歩道橋の水色の階段から人が降り、透明な傘がいくつも信号待ちに溜まる。床のタイルは濡れて光り、車道からは跳ねた水が白く煙る。
知人はその日、たまたま柱のそばで雨宿りをした。傘を畳むほどではないが、横殴りの雨がひどく、少しでも濡れない場所に寄ったのだという。
最初におかしいと思ったのは、靴底の感触だった。
柱の根元だけ、床が濡れていない。いや、濡れてはいるのに、水が沈んでいた。タイルの表面に雨水が広がらず、丸い跡だけがいくつも浅くへこんでいる。ちょうど、柱の鋲と同じ大きさだった。
歩行者信号が変わり、人が一斉に渡りはじめた。
その瞬間、柱がわずかに鳴った。ごん、ではない。きしむ音でもない。内側から、濡れた指で金属を押したような、ぬるい沈黙だった。
知人のすぐ横を、透明な傘の男が走っていった。足音はあった。水しぶきも上がった。けれど柱の前を通り過ぎた一歩だけ、音がなかった。
代わりに、知人の肩の高さの鋲がひとつ、少しだけ膨らんだ。
見間違いだと思った。だが次に通った女の人のときも、別の鋲が湿った。雨に濡れたのではない。鋲の縁から、内側の水がにじむように、緑の塗装が黒ずんだ。
知人は怖くなって離れようとした。ところが、柱の横を抜けるとき、傘の柄が鋲に軽く触れた。
手のひらに、冷たさではなく重さが来た。
金属に触ったはずなのに、そこだけ人の肩を押したような弾力があった。しかも、離したあとも感触が残った。誰かの体重を、ほんの少し預けられたみたいに。
その日はそのまま帰った。
夜、傘を玄関で開いて乾かそうとしたとき、内側に緑色の丸い点がついているのを見つけた。水玉ではない。カビでもない。透明なビニールの内側から、塗料が染み出したように丸く浮いている。
拭いても落ちなかった。
翌朝、点は三つに増えていた。
三つとも、傘の骨に沿ってまっすぐ並んでいた。間隔は不自然なほどそろっている。あの緑の柱の鋲と同じだった。
それから知人は、その交差点を避けるようになった。雨の日は遠回りをした。晴れている日も、柱のある角だけは見ないようにした。
けれど二週間ほど経った夜、風呂から上がったとき、右の手のひらに丸い跡があるのに気づいた。
押したような跡ではない。皮膚の下に、硬いものがひとつ埋まっている。痛みはない。ただ、指でなぞると、そこだけわずかに盛り上がっていて、古い塗装のようなざらつきがあった。
翌日の雨で、その丸は緑になった。
知人は病院へ行ったが、湿疹でも腫瘍でもないと言われた。医師は首をかしげ、写真を撮ろうとしたが、画面には何も映らなかった。肉眼では緑の丸が見えるのに、スマートフォンの画面では、手のひらだけが普通の肌に戻っている。
その夜、部屋の中で雨の音がした。
窓は閉めている。外は小雨だった。だが玄関のほうから、ばらばらと強い雨が床を叩く音が聞こえる。知人が見に行くと、傘立ての中で、あの透明な傘がひとりで開きかけていた。
内側の緑の点は、もう十数個に増えていた。
それだけではなかった。玄関の床に、丸い乾いた跡が並んでいた。水に濡れていない丸。緑の柱の根元で見たものと同じ、浅いへこみのような跡だった。
跡は、玄関から廊下へ続いていた。
そして最後のひとつだけが、知人の部屋の扉の前で止まっていた。
今、知人は雨の日に外へ出ない。
それでも手のひらの丸は、少しずつ増えているという。右手に二つ。左手に一つ。肩に一つ。背中にも、触ると分かる硬い丸があるらしい。
いちばん怖いのは、それが自分の体にできたものとは思えないことだ、と知人は言っていた。
雨が強くなる夜だけ、その丸の奥から、交差点の音がする。
傘を叩く雨。歩道橋を駆け下りる足音。青になるのを待つ人の息。
そして、誰かが柱の前を通るたび、体のどこかで丸いものがひとつ、ぬるく膨らむのだという。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

