赤信号の分岐

写真怪談

雨の夜の線路は、黒い水の上に鉄を沈めたように光る。高架の下から何本ものレールがほどけて、また奥で絡まり、赤い信号だけが、濡れた石の間に血のような点を落としていた。

その保線区では、終電後に分岐器を見て回る係がいた。事故があったわけではない。ただ、雨の強い晩に限って、閉じているはずのポイントから「切り替わりました」という古い継電器の音がする。管制盤の表示は正常。実際の鎖錠も正常。けれど現場の砂利だけが、毎回少しずつ外へ掻き分けられていた。

一番奥の赤信号の下に、「出発」と書かれた小さな札がある。その夜、係がそこへ近づくと、信号の赤い反射がレールの上ではなく、レールの内側を流れていた。水に映っているのなら、光は真下に落ちるはずだった。だが赤は、線路の継ぎ目を伝って、こちらへ向かってきていた。

点検灯を向けると、赤は消えた。灯を外すとまた戻る。まるでこちらの視線だけを避けて、濡れた鉄の裏側を這っている。係が無線で報告しようとした瞬間、右手の留置線に停まっていた車両の窓が、一両ぶんだけ暗くなった。

車内灯が落ちたのではない。窓の黒さだけが、外へ膨らんでいた。そこに何かが立っているのではなく、線路の下にあった暗さが、窓を借りて上を見ているようだった。

そのとき、奥の信号が一瞬、青になった。

管制では赤のままだった。信号機の電球も赤しか点いていない。なのに濡れたレールの上だけ、青い光が走り、ありもしない進路を描いた。線路と線路のあいだ、砂利しかない場所へ、まっすぐ一本。そこへ向かって、分岐器の先端がほんの数ミリだけ震えた。

「列車が通ります」

無線からそう聞こえたが、声ではなかった。構内放送の残響でもない。レールを叩いた音が、言葉の形に並んだだけだった。

係は退いた。退いたつもりだった。だが足元の砂利が急に沈み、靴底の下で、長いものが息を吸うように盛り上がった。次の瞬間、目の前の赤い反射が二つに割れた。片方は信号へ戻り、もう片方は存在しない分岐へ入った。

音はしなかった。風もなかった。けれど、濡れたレールの上を、車両の影だけが通過した。車輪も台車もなく、窓の列だけが地面すれすれを滑っていく。窓の中は真っ暗で、ひとつだけ赤い信号が映っていた。その赤は、こちらの構内のものではない。反対側から来る、見たことのない進行現示だった。

影が通り過ぎたあと、砂利の上に細い跡が残った。車輪跡ではない。濡れた石の表面だけが、一本の線に沿って裏返ったように、赤黒く光っていた。翌朝には乾くはずだったが、その線だけは昼になっても濡れていた。

それから雨の夜、あの場所では点検表にない項目が増えた。

赤信号の数を数えること。

見える信号機は三つ。だが水たまりに映る赤は、いつも四つある。余分な一つは、レールの内側からこちらを向いている。人が立てない低さで、列車が走れない角度で、それでも確かに「出発」を待っている。

先月、砂利の赤い線の上に、小さな白い標識が立った。誰が置いたのか、保線区の誰も知らない。十字に見えるその印の根元だけ、雨のたびに少しずつ沈んでいく。

次の分岐が、そこから始まるのだと思う。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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