先席の白い袋

写真怪談

終電後の車内清掃では、座席の下に落ちたレジ袋など珍しくもない。

空き缶、丸めたレシート、菓子の包み紙、コンビニの白い袋。見つけたものは順に拾い、清掃用の大きなゴミ袋へ入れていく。右側の優先席の下にあった白い袋も、その日の作業ではただのゴミとして扱われた。

中身は空だった。口も結ばれていない。床に張りついていたわけでもない。

ただ、拾い上げたあと、袋の底と同じ四角い曇りだけが床に残った。

水の跡ではなかった。油でもなかった。床の艶がそこだけ薄く削られたように、蛍光灯の反射がぼんやり途切れていた。モップで一度拭いても変わらなかったが、終電後の清掃で小さな跡に構ってはいられない。

白い袋は、ほかのゴミと一緒に集積所へ運ばれた。

翌日の朝、その優先席の下に、また白い袋があった。

同じものかどうかは誰にもわからない。車内にレジ袋が落ちていること自体は珍しくない。ただ、その袋も空で、口は結ばれておらず、拾うと床に四角い曇りが残った。前の日の跡と重なる位置だった。

清掃員はそれも捨てた。

三日目にも、白い袋はそこにあった。

その頃には、優先席の窓に貼られた緑色の表示が少しおかしくなっていた。「優先席」の「優」だけが、ほかの文字より薄く見えたという。日に焼けたようでも、剥がれかけているようでもない。緑の色だけが抜け、透明な膜になりかけていた。

袋を拾うと、内側に細かい緑の粉がついていた。

清掃員は広告シールの粉かと思った。けれど車内のどこにも剥がれたシールはなく、床にも座席にも、緑色のものは落ちていなかった。袋の中は空のままだった。ただ、底の折り目に沿って、緑の粉だけが薄く溜まっていた。

その晩から、白い袋は捨てても戻るようになった。

毎日ではない。混んだ日の翌朝や、雨の日の終電後に限って、同じ優先席の下にある。踏まれて汚れた様子はない。誰かが置いた直後のように、口だけが少し開いている。拾い上げるたび、床の四角い曇りは濃くなった。

やがて表示の文字は、はっきり変わった。

「優先席」ではなく、「先席」。

剥がれた跡はなかった。文字の間隔も不自然ではなかった。最初からその二文字で印刷されていたように、緑の帯の中に「先席」とだけ残っていた。

会社は表示の貼り替えをした。作業は通常の補修として処理され、古いシールはその場で剥がされ、ほかの廃材と一緒に捨てられた。新しい表示には、たしかに「優先席」と印刷されていた。

翌朝、同じ席の下に白い袋があった。

袋の中には、薄い緑色の膜が一枚入っていた。透明に近く、指で触れると静電気で逃げるほど軽い。広げると、それは漢字の「優」の形をしていたという。

新しい表示を見ると、また「先席」になっていた。

それから、その車両では右側の優先席だけ、誰も長く座らなくなった。座ってもすぐに立つ。理由を聞くと、足元で袋が擦れる音がした、と言う。だが座席の下には何もない。清掃後も点検後も、床には四角い曇りだけが残っている。

白い袋は今も、時々そこに出るらしい。

見つけたら捨てる。清掃員はそうするしかない。空の袋だからだ。

ただ、捨てる前に中を覗くと、底の折り目に緑色の細かな膜が増えていることがある。ひとつひとつは文字の欠片のように見える。まだ形になっていないものもある。

何の字かは、広げてみるまでわからない。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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