そのアパートは、道路より少し高い土地に建っていた。三階建てだったが、下の道路から見ると実際の階数以上に高く感じられ、錆びた外階段と廊下の手すりが、空を塞ぐように何重にも重なって見えた。
長く人が住んでおらず、解体が決まった頃には、鉄部の塗装はかなり剥がれていた。外階段には半透明の波板屋根が残り、柱や手すりには赤茶色の錆が浮いている。廊下の床も傷んでいたため、解体前の調査では、一度に大勢が上がらないよう決められていた。
調査員が確認していたのは、二階から三階へ上がる階段だった。既存図面と現物を照合し、撤去時にどこを切断するか決めるため、階段の幅、踊り場の寸法、段数を順番に記録していた。
その階段は十四段だった。
図面にも十四段と記載されていた。現場で数えても十四段。下端から上の踊り場まで巻尺を当て、写真を撮り、調査票にも「14」と書いた。特に変わったところはなかったという。
翌朝、同じ調査員が三階へ上がったとき、踊り場の手前で足を止めた。
十四段目を踏んだのに、まだ上に一段あった。
数え間違えたと思い、いったん二階まで戻った。今度は声に出さず、踏むたびに指を折った。十四段目。そして、その上にもう一枚、錆びた踏板があった。
十五段だった。
前日の調査票を持ってきた。数字は十四のままだった。写真も確認したが、斜めから撮影していたため、手すりの縦格子が重なって踏板を正確には数えられない。ただ、階段の上端と下端、踊り場の位置は昨日と何も変わっていなかった。
増えていた一段だけが新しいわけでもなかった。
縁には他の踏板と同じように塗装の剥離があり、角には古い錆が浮いていた。裏側にも腐食が回り、ボルトや溶接部だけを見れば、建てられた時からそこにあったように見えたという。
そこで調査員たちは、踏板の前縁へ白いチョークで番号を書いた。一、二、三と下から順番に記し、十四まで書き終える。それとは別に、増えた一枚へ大きく「15」と書いた。
巻尺でもう一度、階段の斜めの部材を測った。前日の記録より十八センチほど長かった。
ところが、階段を固定している上下のボルト位置は動いていなかった。二階の踊り場も、三階の踊り場も高さは同じだった。鉄骨が曲がった様子もなく、柱の垂直も狂っていない。両端を動かさず、まっすぐな鉄の部材だけが十八センチ長くなる理由を、現場の誰も説明できなかった。
その日は三階への立ち入りを止めた。
翌朝、道路側から双眼鏡で階段を確認した。高台にあるため、下から見れば三階の廊下はかなり頭上にあり、鉄柵と屋根の骨組みが幾重にも重なる。それでも白い番号は見えた。
一から七までは順番に並んでいた。
七と八のあいだに、番号のない踏板が一枚あった。
前日に「15」と書いた踏板は、いちばん上に残っている。つまり十五段目が移動したのではない。もう一段増えていた。
二階へ上がり、近くで確認すると、本当に十六段あった。七と八の間の一枚にはチョークの跡がなく、表面を指で擦ると乾いた錆が落ちた。新しい鋼材を差し込んだ形跡もない。その一段を含め、階段全体の錆び方が途切れず続いていた。
さらに翌日には、十一と十二の間へ番号のない踏板が増えた。
十七段になった。
三階の踊り場は上がっていない。二階も沈んでいない。踏板の幅も、蹴上げの高さも、測る限り前日までと同じだった。階段だけが一段ずつ増え、それなのに同じ場所へ収まっていた。
妙なことに、道路から見上げると、それほど不自然には見えなかったという。
むしろ上から見下ろした時のほうがおかしかった。二階の踊り場から階段を見上げると三階が遠く感じられ、三階から見下ろすと二階が近すぎる。両方の踊り場に人を立たせると、距離の感覚だけが噛み合わなかった。
現場監督は、それ以上調べるのをやめた。どうせ建物は壊すのだから、原因を確かめる必要はないという判断だった。外階段には立入禁止の表示を付け、撤去するときも作業員を上らせず、クレーンで支えながら上下の接合部を切断することになった。
解体の日、問題の階段は十七段のままだった。
吊り上げた瞬間、鉄骨が低い音を立てた。錆びた古い構造物なら珍しくない音だったが、作業員の一人は、そのとき階段の中ほどが一度だけ下へ沈んだように見えたという。
階段は地上へ降ろされた。
横倒しにすると、十七段すべてが残っていた。白いチョークの数字も消えていない。一から十四、その途中に番号のない二枚、そして上端に「15」と書かれた一枚。調査員たちは念のため写真を撮り、そのまま鉄くずとして搬出することにした。
切断してみても中から何かが出ることはなかった。踏板も梁も普通の鉄で、腐食した内部まで他の部分と変わらない。あとから増えた三枚にも、何十年も雨気に晒されてきたような錆が食い込んでいた。
その日のうちに外階段はすべて撤去された。
数日後、建物本体も解体された。屋根も廊下も部屋もなくなり、高台には基礎と擁壁だけが残った。階段が増えることも、それ以降はなかったという。
最後の異変は、現場を片づけていた時に見つかった。
道路側の擁壁に、赤茶色の長方形が三つ並んでいた。
幅も奥行きも、あの階段の踏板とほぼ同じだった。ただし、そこに階段が接触していたことは一度もない。外階段は擁壁より奥に設置されており、錆汁が垂れて届く位置でもなかった。
洗浄しても完全には消えなかったため、その三つの跡は残された。
現場監督は解体が終わってから、一度だけ道路の反対側へ渡って、それを見たという。
高台を見上げる角度から見ると、三つの錆跡は斜めに並んでいた。
下から一段。
その上に、もう一段。
さらに、その上に一段。
アパートはもうない。
階段もない。
それでも道路から見上げると、その三枚だけは、まだ上へ続く階段の一部に見えたそうだ。
そして現場監督は、その先を目で追わなかったという。
三つしか残っていないはずなのに、数え始めれば、またその上に一段あるような気がしたからだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

