夏のある日、昼すぎの海上では、打ち上げたロケットの第一段ブースターを、巨大な網で受け止める試験が行われていたそうです。
ロケットが離昇すると、燃料を使い終えたブースターは上空で本体から切り離されました。
ブースターはおよそ六分後、四本の鉤を広げながら垂直に降下し、海上の回収台に張られた網へ受け止められる予定でした。
ところが、打ち上げから三分ほど経ったころ。
網の中央が、ふいに浅く沈みました。
まだ上空には何も見えていません。風も弱く、海鳥が触れた様子もありませんでした。
それでも網目は、人ひとりが仰向けに横たわったような形に窪んでいたそうです。
頭の位置。
肩の幅。
胸の上で重ねられた、小さな両手。
作業員たちは近づけませんでした。網は少しずつ上下し、まるでそこにいる何かが、静かに呼吸しているようだったといいます。
その中に、海辺の町で育った若い作業員がいました。
彼には、幼いころに亡くなった妹がいたそうです。
妹は身体が弱く、外へ出られない日は、兄が学校から帰るたびに、宇宙の話をせがんだといいます。
月には砂浜があるのか。
星は海に落ちるのか。
空から帰る時、迷わないように誰かが網を張ってくれるのか。
兄はいつも、張ってくれる、と答えていたそうです。
それから、さらに数分が過ぎたころ。
警報音が鳴り、雲の下から巨大なブースターが姿を現しました。
網の中央にあった人の形は、そこで消えました。
降下してきたブースターは四本の鉤で網をつかみ、大きく一度だけ沈んだあと、予定された位置で静止したそうです。
回収は成功でした。
損傷もなく、計測値にも異常はありません。
ただ、ブースターを吊り上げたあと、網の中央に白いものが残っていました。
塩でした。
海水が乾いたものに見えましたが、その日の網は海面に触れていません。飛沫が届く高さでもなかったそうです。
白い塩は、小さな人の輪郭を描いていました。
胸の上には、十歳ほどの子どものものと思われる手形が二つ、重ねるように残っていたといいます。
若い作業員は、その手形を指でなぞりました。
すると網の下から、ごく小さな声がしたそうです。
「ちゃんと、帰ってきたね」
周囲にいた者には、波が網を擦った音としか聞こえませんでした。
彼だけが、その場にしゃがみ込み、しばらく顔を上げなかったといいます。
塩の跡は掃除されず、そのまま残されました。
けれど夕方になると、手形だけが一つ消えていました。
翌朝には、もう一つも消えていたそうです。
代わりに網の端で、誰も結んでいない一本の糸が、小さな輪になって揺れていました。
それは子どもの指が一本だけ通るほどの輪で、切ろうとすると、網全体から微かな温もりが伝わってきたといいます。
その網は、次の回収にも使われる予定です。
若い作業員は今も、打ち上げのたびに、網の中央を最初に確かめるそうです。
けれど、人の形が再び現れたという記録はありません。
ただ、ブースターが無事に戻った日の夜だけ、網のどこかに、小さな塩の粒が一つ残っているそうです。
誰も拾わず、誰も数えてはいません。
それでも彼は帰り際、その粒に向かって、必ず一度だけ手を振るのだといいます……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
China successfully tests sea-based rocket booster recovery system
reuters.com
