そのゴミ捨て場は、歩道と車道のあいだに申し訳程度の柵があるだけで、普段はコンビニ袋が二つ三つ転がっている程度だった。
朝七時過ぎ、そこに透明な四十五リットルの袋が三つ並んでいた。袋の内側は白く曇り、青い回収シールが何枚も貼られていて、中にはマネキンの首のようなものが詰め込まれていた。
美容室も、服飾学校も、劇団の倉庫も、この辺りにはない。駅前へ出ても、首だけをこんな数で捨てるような店は思い当たらなかった。
近所の人たちは、少し離れて見ていた。誰かが「不燃じゃないの」と言い、別の誰かが「事業ゴミでしょ」と答えた。だが、袋に貼られたシールには、どれも同じ細い字で「可燃」と印刷されていた。
おかしかったのは、シールの貼られ方だった。
普通なら袋の外側に貼るはずなのに、何枚かは内側から貼られていた。ビニール越しに見える紙面は、濡れても破れてもいない。ただ、青い枠だけが少し滲んでいて、その滲みが首の頬に移っていた。
収集車はいつもの時間に来た。
作業員が袋を持ち上げようとして、すぐに手を放した。重すぎたのではない。むしろ軽すぎたのだという。中身が詰まっているはずなのに、袋は空気だけを包んだようにふわりと浮き、地面へ戻るとき、いくつもの顔が内側から同じ向きに倒れた。
歩道側ではなく、道路の向こうを見ていた。
車が何台も通った。人も通った。けれど袋の中の首は、誰かひとりを選ぶように、少しずつ角度を変えていった。
信号が赤になったとき、向かいの歩道で立ち止まっていた会社員の男が、急に自分の首筋を押さえた。何かに撫でられたような顔をして、後ろを振り返る。そこには誰もいない。
その瞬間、いちばん右の袋が、かさりと鳴った。
音は小さかったが、周囲にいた全員が聞いた。中の首が動いたのではない。袋の表面に貼られていた青いシールが、一枚だけゆっくり剥がれ、ビニールの皺に沿って滑り落ちた。
そのシールは地面に落ちなかった。
透明な袋の表面をすり抜けるように内側へ入り、首のひとつの額に貼りついた。貼られた首の顔だけ、色が変わった。肌色ではなく、電車の窓に映る死人のような、青白い色になった。
作業員は回収をやめた。市に連絡すると言って、三つの袋の前に黄色い紙を貼った。
「収集できません」
そう印刷された紙は、昼にはすべて剥がれていた。代わりに、青い回収シールだけが増えていた。朝よりも明らかに多かった。袋の上、首の額、閉じた瞼、折れた耳の上。数えるたびに増えている気がして、誰も最後まで数えなかった。
夕方になると、袋はなくなっていた。
風で転がったにしては、ビニール片も髪の毛も落ちていない。ただ、歩道のタイルに丸い跡がいくつも残っていた。首を置いた跡ではない。袋の底の跡でもない。
頬を押しつけたような跡だった。
一つ一つの丸い湿りの中に、鼻先と唇の形だけが薄く浮いていた。なかには、まぶたの筋まで残っているものもあった。その跡は夜になっても乾かず、翌朝にはタイルの目地に沿って、少しだけ民家のほうへずれていた。
それから、その町内では透明なゴミ袋が嫌われるようになった。
黒い袋に変える家が増えたが、決まりで透明袋に戻すよう回覧が回った。仕方なく出された袋には、どれも青い回収シールが貼られた。だが、貼った覚えのないシールが一枚だけ混じることがあった。
その一枚だけは、印字が違った。
「45L」ではなく、「45首」と読めたという人がいた。
誰もその話を大きくはしなかった。読み間違いで済ませたかったのだと思う。実際、昼間に見ると、たしかに「45L」に戻っている。けれど夜明け前、まだ収集車が来る前に見ると、青い枠の中で、Lの縦線が少し曲がっている。
首を吊った人の足のように。
最後に袋を見たのは、向かいの歩道で首筋を押さえていた会社員の男だった。
彼は数日後、自宅の可燃ゴミを出しに来て、袋の中に自分のネクタイが入っているのを見つけた。捨てた覚えはない。前日に会社で締めていた紺色のネクタイだった。
結び目だけが、ひどく固くなっていた。
気味が悪くなって袋を開けると、ネクタイの下から青い回収シールが出てきた。額に貼るにはちょうどいい大きさだった。印字はまだ乾いていないように光っていて、そこにはこうあった。
「首部のみ」
男はそれを剥がそうとして、指を止めた。
袋の内側から、誰かの息で白い曇りが広がったからだ。曇りは丸く膨らみ、鼻と唇の形を作った。顔全体ではない。首から上だけが、透明な袋の中で、まだ置き場所を探しているみたいだった。
その朝、ゴミ捨て場には袋が四つ並んでいた。
前にあった三つと、もう一つ。
新しい袋の中には、まだ首は入っていなかった。ただ、空の袋の底に、青い回収シールが一枚だけ貼られていた。外側ではなく、内側から。
そのシールには、名前が印字されていた。
会社員の男の名前だった。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

