九州北部の古い社で、9月12日から18日まで続く秋祭りが始まった年のことです。参道にはおよそ五百軒の露店が並び、期間中の人出は百万人ほどになるとも言われていました。
初日の夕方、母親が六歳の娘を連れて歩いていると、娘がふいに足を止めたそうです。
「あのおばあちゃん、まだいるね」
指さした先は、露店と露店のわずかな隙間でした。
そこに、小さな店が一軒だけあったといいます。看板も商品もなく、白髪の女が座っていました。前には、手のひらに載るほどの紙提灯がいくつか並んでいたそうです。
母親が娘に「知っている人?」と尋ねると、
「去年も、ここにいたよ」
そう答えました。
けれど娘は、前年の祭りには来ていませんでした。高熱を出して、家で寝ていたからです。
女は何も聞かず、小さな紙提灯を一つ娘に渡したそうです。ろうそくを入れる場所もなく、底まで薄い紙でできた、飾り物のような提灯でした。
代金を払おうとすると、女は首を横に振って、
「人が多いところではね、灯りは上じゃなく、足もとに置くものよ」
そう言ったといいます。
その言葉を聞いて、母親はしばらく動けなかったそうです。幼い頃、祭りで迷子になりかけるたび、亡くなった母親から同じことを言われていたからです。
正確には、少し違いました。
――人が多いところでは、顔を探しちゃだめ。足もとを見なさい。
そう教えられていたといいます。
ふと後ろから人波が押し寄せ、母親は娘の肩を抱いて二、三歩よけました。振り返ると、店はありませんでした。
左右の露店が隙間なく並び、紙提灯を置けるほどの場所さえ残っていなかったそうです。
その二時間ほど後、母親は娘とはぐれました。
ほんの数秒、財布を出すために手を離しただけだったといいます。振り向いた時には、娘の姿がありませんでした。
人波は途切れず、呼んでも声が届きません。
母親が係の人を探そうとした、その時です。手提げ袋の中が、かすかに温かくなったそうです。
あの紙提灯でした。
火など入っていないはずなのに、提灯の底だけが淡く明るくなっていました。しかも光は周囲を照らさず、地面へ向かって細く落ちていたといいます。
母親は、その光を追いました。
参道の石。露店の裏。人の足の間。
光は途切れながら、少しずつ先へ移っていきます。まるで誰かが、数歩先で提灯を持って歩いているようだったそうです……。
やがて人混みを外れた細い道の脇で、娘が立っていました。
泣いてはいませんでした。誰かと手をつないでいるように、左手だけを少し高く上げていたといいます。
けれど、その隣には誰もいません。
母親が駆け寄ると、娘は不思議そうに言いました。
「おばあちゃん、行っちゃった」
そして左手首には、細い赤い糸が結ばれていました。
二重の蝶結び。
母親が子どもの頃、祭りの日になると、亡くなった母親が迷子よけに結んでいたのと同じ結び方だったそうです。
帰宅してから糸を外そうとしましたが、娘が嫌がりました。
「十八日まで、つけておくの」
なぜ十八日なのか尋ねても、
「おばあちゃんが、そこまでがお祭りだからって」
それ以上は話さなかったといいます。
祭りが終わった翌朝、娘の手首から赤い糸はなくなっていました。切れ端もありません。
代わりに、箱へしまっておいた紙提灯の持ち手に、その糸が結ばれていたそうです。
母親は提灯を捨てず、押し入れの奥へしまいました。
それから一年。
翌年の9月12日の朝、久しぶりに箱を開けたところ、持ち手には赤い糸が二本、結ばれていたといいます。
一本は前年の色褪せた糸。もう一本は、まだ鮮やかな赤でした。
その年、娘は一度も祭りへ行っていません。紙提灯にも、火を入れたことはありません。
ただ、二本目の糸を指で触れた時だけ、提灯の底がほんの少し温かかったそうです。
誰が結んだのかは、今も確かめられていません。
ただ母親は、その提灯だけは捨てずにいるそうです。
娘がいつか、自分の子どもを連れて祭りへ行く日が来るかもしれないから……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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