東京の西側に、寺院ばかりが集まった古い住宅地がある。大通りを外れて細い道へ入ると、塀と墓地が途切れなく続き、ところどころに昔からの雑木林が残っている。夏は木々が道路へ覆いかぶさるほど繁り、昼間でも日陰の濃い場所がある。その奥に、小さな池を持つ寺がある。
池は観光地というほど大きくない。岸には草が茂り、水は緑褐色に濁っている。対岸には木製の護岸があり、その向こうは枝葉が重なって薄暗い。庭の手入れをしている時期には、赤い作業用コーンが水際に置かれることもある。
この辺りが寺町になったのは、そう古いことではない。かつて東京を大きな災害が襲ったあと、都心で被害を受けた寺院のいくつかが、まだ畑や雑木林の多かった郊外へ移された。墓石や仏具も運び出され、長い年月をかけて寺が集まり、やがて一帯が寺町と呼ばれるようになったという。
ただ、古くから寺に関わってきた者の中には、少し違う言い方をする人もいた。運ばれてきたのは、墓や仏具だけではなかった。焼けた土地から掘り出されたものや、どこの誰のものか分からなくなった骨まで、寺と一緒に郊外へ移されたのではないか――そんな話だった。もちろん、それを裏付ける記録が残っているわけではない。
寺町の一角には、もともと地下から水が染み出す低地があったらしい。寺が移ってきたのち、その窪地を整えて池にし、水にまつわる小さな祠も置かれた。現在では木々に囲まれた静かな池だが、庭を長く見てきた者たちのあいだには、ひとつだけ妙な決まりが残っていた。
夏の終わり、昔の災害で亡くなった人々を思い出す時期だけは、昼を過ぎるまで池の縁を掃除してはいけない。雨が降っていなくても同じだった。池に入らない。泥をさらわない。岸の草を刈らない。とくに昼近くになったら、水際に道具を置かない。
理由を尋ねても、昔の管理人は「水が落ち着くまで待てばいい」としか言わなかったという。
数年前、その寺の庭仕事を手伝っていた作業員が、八月の終わりにこの話を聞いた。猛暑が続き、一週間近くまとまった雨がなく、池の水位もいつもより少し低かった。岸には湿った泥が細く露出し、その脇から伸びた草が水面に向かって倒れていた。翌日の草刈りに備え、作業員は対岸に赤いコーンを二本置いた。
それを見ていた年配の元管理人が、「明日は、それをそこに置かないほうがいい」と言った。何か作業の邪魔になるのかと思い理由を尋ねると、元管理人は池を見たまま、しばらく黙っていた。やがて、寺がこの土地へ移ってきて間もないころの話を始めた。
池を整えるため、湧き出す水の周辺を掘り下げていたときのことだった。底のほうから、普通の泥とは違う黒い層が出てきたという。腐った落ち葉のようにも見えたが、握ると粘らず、指の間で細かな粉になった。それを掘った者の一人が、「焼けた柱を、水の中にずっと沈めていたような臭いがする」と言ったらしい。寺がなぜこの土地へ移ってきたのか、皆が知っていたから、その言葉を聞いて笑う者はいなかった。
翌年、災害の犠牲者を供養する時期になった。朝からよく晴れていたという。ところが昼前、池の周囲に生えていた草に、一本の濡れた線が現れた。水位が上がったわけではなく、水面は朝から同じ高さだった。それなのに岸の草には、水面より十数センチ上の位置まで濡れた跡が付いていた。
一本や二本ではなかった。池を囲む草のほとんどに、まったく同じ高さの黒い帯ができていた。木の根にも、護岸の杭にも、岸に立てかけてあった柄杓の柄にも、同じ高さに線があった。まるで実際の水面とは別に、もうひとつの水面が池を囲んでいたようだったという。
昼を過ぎるころ、濡れた色は消えた。だが乾いたあと、そこには薄い灰色の粉が残った。指で擦ると崩れ、古い炭のように皮膚へ付着した。それから毎年というわけではないが、夏の終わりになると同じ現象が起きたため、古い管理人たちはその時期だけ池に触れなくなった。
一度、若い者がそんな話を迷信だと言って、朝から岸を掃除したことがあったらしい。その日は濡れた線が現れなかった。ところが翌朝、前日に刈った草の切り口すべてに灰色の粉が付着していた。高さは地面から十数センチで揃っており、草が残っていれば、あの黒い線が通るはずだった位置だったという。
その話を聞いた作業員は、さすがに作り話だと思った。元管理人が帰ったあとも、赤いコーンはそのまま対岸に残した。翌日は朝から暑く、昼前には三十度を超えていた。木々から蝉の声が絶え間なく降り、池では小さな虫が水面を飛び、ときおり魚か何かが丸い波紋を作っていた。何も変わったところはなかった。
正午が近づいたころ、臭いがした。水の臭いではない。湿った木材を燃やしたあと、消火のために大量の水を掛けたような臭いだった。焦げ臭いのに、同時にひどく湿っている。作業員は近所で枯れ枝でも燃やしているのだろうと思い、境内から道路まで見て回ったが、どこにも煙はなかった。
池へ戻ると、臭いはさらに強くなっていた。そのとき、左岸の草の根元が黒くなった。最初は水が染みてきたのだと思ったが、水面は動いていない。波もない。それでも草の根元だけが濡れ、その色がゆっくりと上へ登っていた。
五センチ、十センチ、十五センチ。一本だけではない。そこに生えている何十本もの草が同時に黒くなり、ある高さまで達するとぴたりと止まった。すべて同じ高さだった。
濡れた線は、そのまま池の岸を回っていった。草から木の根へ、木の根から古い杭へ、杭から護岸へ。濡れていないものの表面を、黒い帯だけが横へ伝っていく。そして、水面から離れた乾いた土の上に置かれている赤いコーンへ届いた。
コーンの表面に、幅一センチほどの濡れた線が浮き上がった。もう一本にも現れ、二本ともまったく同じ高さだった。その瞬間、焦げ臭さが一気に強くなった。
作業員が思わず後ろへ下がると、池の中央に何か黒いものが浮いていた。最初は枝だと思ったが、その隣にも、その向こうにも、黒く細長いものが水底からゆっくり浮かび上がってきた。ところが、どれも水面へ完全には出てこない。水面のすぐ下まで来ると形が崩れ、粉のようにほどけて、灰のように広がりながら沈んでいった。浮かんだ場所だけ、円形の黒ずみが数秒間残った。
それが池のあちこちで続いたあと、突然すべてが止まった。臭いが薄れ、水面は元の緑褐色に戻り、蝉の声だけが残った。濡れた線も乾き始めていた。
作業員は遠回りして対岸へ行き、二本のコーンを確かめた。表面には灰色の帯が残っていた。濡れた布で拭けば落ち、水を掛ければきれいになったが、日なたに置いて乾かすと、同じ位置に線が戻ってきた。何度拭いても同じだった。
翌日、元管理人にコーンを見せると、驚きもせず、しゃがみ込んで線の高さを指で測った。そして小さく、「また上がったな」と言った。
作業員には、その意味が分からなかった。元管理人によれば、昔はもっと低かったのだという。最初に聞いたころは水面から指二本ほど上だったものが、何年もかけて少しずつ高くなっている。池の水位そのものはほとんど変わっていない。護岸を直しても、土を入れて岸を高くしても、草を植え替えても、翌年には新しい場所に同じ線が現れた。
水が増えているのではない。黒い線だけが上がっている。
作業員が「どこまで上がるんですか」と尋ねても、元管理人は答えなかった。
それから数年が経った。作業員は今も、ときどきその寺の庭仕事を手伝っている。あの赤いコーンは劣化してすでに処分され、新しいものが買われたが、夏の終わりだけは池へ近づけないようになった。
最初の年、試しに池から十メートルほど離れた参道脇へ置いた。昼を過ぎるころ、そこにも灰色の線が出た。翌年はさらに離れた倉庫の前へ置いたところ、コーンには何も出なかった。その代わり、池から倉庫へ続く敷石の側面に、一定の高さで灰色の跡が点々と残っていた。
一本につながっているわけではなかった。それでも作業員には、何かが池から倉庫へ向かい、途中まで来た跡のように見えたという。
今年の夏、線はとうとう池の護岸を越えた。岸から数メートル離れた乾いた敷石の側面に、細い灰色の筋が一本現れていた。雨水が溜まる場所でもなく、泥が跳ねる高さでもない。池の水面より、ずっと上だった。
寺の者が洗い流すと、翌朝には消えていた。その代わり、隣にある一段高い敷石に同じ線が付いていた。さらに翌朝には、その次の石へ移っていた。池から参道へ向かっていた。
作業員は念のため、以前の管理記録を調べた。古い帳面には、草刈りの日付や植木の手入れ、池の清掃について細かな記録が残されていたが、怪異について書かれたものはなかった。ただ、ある時期から毎年、夏の終わりの数日間だけ、池の清掃予定が空欄になっていた。
さらに古い帳面を開くと、その空欄は少しずつ長くなっていた。最初は半日、その後は一日、さらに後には二日。理由はどこにも書かれていなかった。
最も古い帳面の余白には、鉛筆で引かれた一本の横線があった。その脇に、小さな文字で「ここまで」とだけ書かれていた。何の高さを示しているのかは分からない。ただ、その線を帳面の下端から測ると、現在、参道の敷石に出ている灰色の線とほぼ同じ高さだったという。
作業員はその年から、夏の終わりには池へ近づかなくなった。寺の者も理由を説明することはない。ただ、その時期になると池の周囲から道具を片づけ、草刈りを止め、参道の一部にも人が入らないよう簡単な柵を置くようになった。
今年、その柵を置いた朝も、池はいつもと変わらなかった。水面も低いままだった。けれど昼過ぎ、柵の脚のひとつに細い灰色の線が付いていた。池から最も遠い側の脚だった。その位置は、前年に敷石へ残った線より、さらに数センチ高かったという。
池の水面は、昔からほとんど変わっていない。上がっているのは、水ではない。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

