継ぎ目へ続く通路

写真怪談

管理会社に入って最初の週、共有部の点検写真がまとめて届いた。
ゴミ置き場、駐輪場、消火器、そして――建物の裏手を通る、細い通路。

黒い外壁が左右に並び、同じ形の張り出しが段々に続いている。足元は、刈り込まれた低い緑が通路の縁を埋め、コンクリートの道だけが細く残っている。空だけがやけに広い。
ただの記録写真のはずなのに、見ていると「縫い目」を覗き込んでいるような気分になった。建物と建物の間に、街がちゃんと継ぎ合わされていない箇所がある――そんな感じだ。

その日、写真を拡大して気づいた。
左側の中ほど、張り出しの奥に、白いものが見える。洗濯物だろう。風に揺れたのか、縦に長く垂れている。

次の点検日、同じ通路の写真がまた上がってきた。構図はほとんど同じだった。空の明るさも、緑の濃さも。
違ったのは、白いものだ。前回より太く、重たく、まるで布が中身の重さを隠せなくなったみたいに垂れていた。
布の端――いや、端に見える部分が、指の形をしているように見えた。

気になって、現地を見に行った。
昼間で、風もなく、通路は写真の通り静かだった。室外機が規則正しく並び、金属のフェンスが一直線に続く。歩けばすぐ抜けられる距離だ。

……抜けられる距離のはずだった。

歩いても歩いても、白い家が遠い。
左の黒壁の張り出しが、同じ間隔で、同じ陰を落として、同じ数だけ続いていく。室外機も、配管も、フェンスの継ぎ目も、まるでコピーペーストされたように揃っている。
自分の歩幅が狂ったのかと思い、立ち止まって振り返った。

来た道が、短すぎた。
ほんの数歩分の距離しかない。さっきまで歩いてきたはずの「同じ景色の繰り返し」が、背後には存在していない。

足元に視線を落とすと、コンクリートに濡れた跡があった。
水たまりじゃない。細い筋が、道の真ん中を、まっすぐに伸びている。
その筋の途中に、足跡が混じっていた。土や泥の足跡ではなく、乾いた道にだけ残る、湿り気の輪郭。
踵がない。つま先の丸みだけが、点々と続いている。

怖くなって、建物の管理室へ戻った。距離は短かった。さっきまでの異様な長さが嘘みたいに、すぐ戻れた。
「気のせいだ」と言い聞かせ、念のために点検写真をもう一度開いた。

写真の通路が、長くなっていた。

黒壁の張り出しが一段増えている。室外機が一台増えている。フェンスの継ぎ目が一つ増えている。
増えた分だけ、空の白さが押し広げられて、通路の奥がさらに遠い。
そして、あの白いものが――布ではなくなっていた。

白い何かが、張り出しの影の奥に「立って」いた。
顔は見えない。目も鼻もない。けれど、こちらへ向けられた面だけが、妙に平らで、光を吸っている。
布のように垂れていた部分は、今は腕のように見えた。細く、肘がなく、指だけがやけに長い。

ファイルの情報を見て、背筋が冷えた。
撮影日時が、二週間後になっている。

私はその写真を印刷した。紙に出せば、ただのインクになると思ったからだ。
しかしプリンターから出てきたものは、画面よりもさらに長い通路だった。張り出しがもう二段増え、緑が道を食い始めている。コンクリートの幅が、写真の端へ押しやられている。

紙の余白――空の部分に、小さな黒い点があった。
ゴミだと思い、指で払った。
点は動かない。指先に、湿り気が移った。

その瞬間、背後の廊下で、コンクリートを濡らす音がした。
「ぬ、ぬ、ぬ」と、踵のない足音が、床の真ん中をまっすぐに進む音。

振り返れなかった。
印刷された写真の通路だけが、私の机の上で、静かに伸び続けていた。
次のページを吐き出すみたいに、現実の方の廊下も、同じ景色を一段ずつ増やしながら、こちらへ迫ってくる。

翌日、点検写真の元データは消えていた。送信者に確認しても「そんな通路、撮ってない」と言う。
けれど印刷した紙だけは残った。
紙の上の通路は、いまも少しずつ長くなっている。
増えた分だけ、私の部屋の床に、湿った筋が一本ずつ増えていく。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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