筋交いの×

写真怪談

その車庫は、いつも同じ匂いがした。昼間の陽に温められたアスファルトの甘い焦げ、整備油の鈍い酸味、洗車の泡が乾ききらない湿り気。屋根の下には車がきっちり並び、柱から柱へ渡された筋交いが、視界の中で大きな「×」を作っていた。

私はタクシー会社の配車係で、そこに長くいるつもりはなかった。面接で「慣れれば簡単」と言われた通り、画面に出る空車と予約の箱を埋めていくだけの仕事だと思っていた。車庫の光景も、出勤のたびに目に入る“背景”のひとつになるはずだった。

最初の違和感は、紙だった。
朝番に引き継ぐため、夜の配車記録を印刷した。いつもの用紙。いつものフォーマット。数字の列の中に、ひとつだけ欠けている行があった。

行の頭にあるはずの車両番号が空白で、時間だけが残っている。
「02:17 迎車 —— ——」
空白は妙に“整って”いて、印字の欠け方にしては綺麗すぎた。プリンタのかすれでも、インク切れでもない。まるで最初から、そこだけ書くことを避けたみたいに。

画面に戻って確認すると、システム側も同じだった。該当時間帯のログだけ、車両番号の欄が灰色に沈んでいる。カーソルを合わせると、いつもなら詳細が出るのに、そこだけ何も出ない。データが壊れているようなエラー表示すらない。空白が“仕様”みたいに居座っていた。

翌日、整備の人間が「昨日の夜、変な戻りがあった?」と聞いてきた。
清掃担当が、後部座席の足元に濡れた跡を見つけたという。運転席は乾いていて、客がこぼしたにしても位置が変だった。床マットの端が、指で押し広げたみたいに浮いていた、と。

車両番号を聞かれて私は答えられなかった。ログが空白だ。整備の人は眉をひそめて、「そんなことある?」とだけ言った。責めるでもなく、ただ“理解できないもの”として扱う口調だった。

その日の終業間際、ふと窓の外を見た。
屋根の下に並ぶベージュの車体。赤いライン。屋根の行灯。いつもの車庫。なのに、筋交いの「×」が、ある一台の真上にきっちり重なっていた。偶然そう見えるだけのはずなのに、視線がそこから剥がれない。重なっているのはただの線だと分かっているのに、心のどこかで“消しゴムの印”みたいに感じてしまう。

次の夜、空白のログが二つに増えた。
「01:04」「03:31」
どちらも迎車。どちらも車両番号がない。迎車場所の住所は出ているのに、乗せたはずの車が“いない”。

私は調べた。担当ドライバーの勤怠表。車両の整備記録。燃料カードの使用履歴。全部に穴がある。いや、穴というより、穴の周りが不自然に滑らかだった。誰かが後から消したのではなく、最初から“そこだけ書かれない”ように出来ているみたいに。

人に聞くのはやめた。
聞けば聞くほど、相手の反応が揃いすぎるからだ。首を傾げて、「そんな番号、うちにあったっけ?」と笑う。笑いながら、話題を別の方向に逸らす。逸らした瞬間、今まで話していた内容自体を忘れたように、顔から“問題”が消える。

その揃い方が、怖かった。
誰かが口裏を合わせているのではない。もっと簡単で、もっと残酷な仕組みだ。こちらが“存在しないもの”を持ち出した瞬間、相手の中からその情報が落ちる。話す前から落ちるのではなく、話題になった瞬間に落ちる。まるで脳の中に、勝手に閉じる小さな扉があるみたいに。

私は自分のために、紙のメモを始めた。
データは消える。口頭は落ちる。なら、手で書いたものなら残ると思った。勤務中、気づいたことを箇条書きにして、胸ポケットに入れる。帰宅してからノートに写す。翌日、またノートに追記する。

三日目の夜、ノートのページに、私の字ではない細い線が増えていた。
文字の上に、斜めの一本線。どの行にも均等な力で引かれている。訂正線じゃない。消そうともしていない。ただ“打ち消す形”だけが置かれている。

筋交いの「×」に似ていた。
私は反射的に窓へ向いた。車庫は静かで、屋根の下にはいつもの車列があった。けれど、その中に、あの「×」がぴたりと重なる位置が、前日より増えている気がした。私は数を数えようとして、途中でやめた。数えた瞬間に、何かが確定してしまう気がしたから。

それでも、確定は向こうからやってくる。

週末の早朝、出勤すると、私の机の端に紙が置かれていた。シフト表のコピーだ。配車係の名前が並ぶ欄に、私の名前だけがない。印刷ミスだと思って原本を見に行って、膝の力が抜けた。

原本にも、私の名前がない。

そこには、私の“前”にいた誰かの枠と、“後”にいる誰かの枠があり、その間だけが不自然に詰められている。空席のために空けていた余白すらない。最初から私が挟まっていなかったように、行間がきっちり閉じていた。

ロッカーの鍵を差し込む。回らない。
社員証をかざす。反応しない。
端末にIDを入力する。存在しない、と出る。

そういうシーンを、映画みたいに大げさに感じる余裕はなかった。恐怖よりも先に、理由のない恥ずかしさが来た。“ここにいてはいけない人”になった気分が、身体の内側を冷やした。

それでも私は、窓の前に立った。
屋根の筋交いが、いつものように視界に「×」を作っている。私は無意識に、自分の顔が映るガラスに目をやった。そこに映る私の輪郭を、筋交いの斜め線がちょうど横切っていた。頬のあたりを一本、額のあたりを一本。まるで、存在のチェック欄に引かれる印みたいに。

“印は、先に窓に付く。”
そう思った瞬間、背中が粟立った。
私が消されるから印が付くのではない。印が付くから、消える。あの車庫の筋交いは、屋根を支えているのではなく、何かを“支えない”ために、最も正しい角度で「×」を作っている。

車庫の奥で、ベージュのタクシーが一台、ゆっくりと動いた。
エンジン音は聞こえない。ライトも点かない。なのにタイヤだけが滑るように回り、筋交いの「×」の中心に、するりと収まった。

見え方は、普通だった。
幽霊のような透けも、影の異常もない。ただ、普通の車が“正しい位置”にいるだけだ。

その瞬間、私のノートの胸ポケットが重くなる気配がして、私は慌てて取り出した。
ページは白かった。
昨日まで書いていたはずの箇条書きも、消された線も、何もない。紙の繊維だけが真面目に並び、最初から“記録という行為”を許さなかったように沈黙している。

私はそこで初めて、声も出さずに笑いそうになった。
怖さよりも、腹立たしさでもなく、ただ呆れが先に来る。こういうやり方か、と。人を殺すでも、脅すでもなく、ただ“存在しないことにする”。会社という仕組みの中で、それがどれほど簡単かを、私は知ってしまっていた。

窓の外の車列が、風景として整いすぎている。
番号が揃い、間隔が揃い、赤いラインが一直線に揃う。揃いすぎている。人の手で揃えたのではない。揃ってしまう。揃うまで、余分なものが落ちる。

私が目を逸らした一瞬で、筋交いの「×」は元のただの構造に戻った。
けれど“戻った”のではない。私の側が、もう数えられる立場ではなくなっただけだ。

それから先の記憶は、ところどころ欠けている。
欠け方が整いすぎていて、自分の人生の穴ではなく、誰かが作った“余白”みたいに見える。

ただ一つだけ残っているのは、会社の掲示板に貼られた安全確認用の写真だ。
屋根の下の車庫を、斜めに走る筋交い越しに撮ったもの。そこに写るベージュのタクシーは、やけに静かで、やけに正しい場所にいる。

そして、その「×」の中心が、ちょうど運転席あたりを跨いでいることだけが、どうしても目から離れない。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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