雪が降り続く北の町で、大型の自動運転バスが試験走行をしたそうです。冬のある日、市役所から駅の西口までを往復する短い区間で、車体と道路の両方に付けられたカメラやセンサーが、雪や人や車の動きを拾っていたといいます。運転席には人が座っていましたが、手はハンドルに添えるだけで、踏み込むことはほとんどなかったそうです。
その便には、関係者のほか、確認のために数人だけが同乗しました。外は白く霞み、窓の外の音が吸われるようで、車内だけが妙に乾いた静けさだったと記録されています。暖房は効いていたのに、後方の席だけ、吐く息が薄く見えるほど冷えた瞬間があったそうです。
最初に「見えた」と言い出したのは、後ろ寄りの席に座っていた監督役でした。座席の背を越えたあたりに、誰かが立っている。濡れたコートの裾から、溶けかけの雪がぽたぽた落ちていた、と。次の瞬間、その“誰か”が座ったのが見えたそうです。座ったはずなのに、沈む音がしない。足が床に触れた気配もない。なのに、座席の布だけがゆっくり湿っていったといいます。
同乗者のひとりが振り返って、はっきり顔を見たそうです。年齢は分からない。ただ、目の焦点が、窓の外でも車内でもなく、もっと別のところに合っているように見えた。まるで、車内を見ていないのに、こちらだけを“数えている”ようだった、と。
バスが駅の西口に近づくと、車内の表示が一瞬だけ切り替わりました。存在しないはずの停留所名が、ひと呼吸ぶん点いたそうです。誰かが「今、何て出ました」と言い終える前に、後方の“誰か”が立ち上がりました。降車口のほうへ、足音を立てずに近づく。運転席の人はハンドルに触れたまま、ミラーを見ていたそうです。そこには、人の影が確かに映っていた。
扉は開きませんでした。停車の合図も出ていなかったからです。けれど、その“誰か”は、閉じた扉の前で止まりもせず、ほんのわずか身を傾けた次の瞬間、扉の外へ出てしまったそうです。雪の中に、足跡は残らなかったといいます。
すぐに確認が行われました。車内カメラ、前方カメラ、路面側の記録、同乗者の携帯端末の動画……。ところが、肝心の時間帯だけ、どの映像も「何も」残っていなかったそうです。黒く潰れているわけではなく、乱れているわけでもない。ただ、そこだけが、最初から撮られていなかったように空白になっていた。音声も同じで、雪が車体に当たる細かな音だけが続き、後方の席で起きたはずのやり取りが、まるで一度も発生していないように無音だったといいます。
さらに妙なのは、同乗者名簿でした。試験走行のため、乗った人を簡単に記録していた紙があったのですが、降車後に数え直すと、人数が合わない。書かれている数は増えていないのに、「乗っていた感覚」だけがひとり分、どうしても残ってしまう。湿った座席だけが乾かず、コートの滴が落ちたはずの床も、そこだけがいつまでも冷たいままだったそうです。
その路線は、今後さらに利用者が増える見込みがある場所だといいます。空港へ向かう客、工場建設で行き来する人……期待が寄せられるほど、運ぶ回数も増える。だからこそ、関係者は「あの空白」を事故として扱えないまま、記録棚の奥へしまったそうです。映像が残っていない以上、見たと言った人の証言だけが浮いてしまうからです。
ただ、その日以降、駅の西口で「止まらないバスに向かって手を挙げる人」を見たという話が、ときどき出るようになったそうです。雪の日だけ。人の形ははっきりせず、濡れたコートの裾だけが見えることがある、と……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
〖自動運転バス〗雪道での実証実験が北海道千歳市で行われる…ドライバー不足解消につながるか
【自動運転バス】雪道での実証実験が北海道千歳市で行われる…ドライバー不足解消につながるか|FNNプライムオンライン北海道千歳市で1月22日、雪の中でも自動運転で大型バスを運行する実証実験が行われました。千歳市役所からJR千歳駅西口の間を往復したのは自動運転の大型バスです。 運転手はハンドルに手を添えているだけで運転はしていません。 車体や道路に設置されたカメラやセンサーなどで道路の雪のほか人や車の状況を把握します。深刻なドライバー不足の中、千歳市は新千歳空港の観光客のほか建設中の半導体工場の稼働で今後、バスの利用者の増加見込まれることから自動運転バスに期待を寄せています。


