その小さな社は、奥へ入るほど光が薄くなる。木の柱と彫りの陰が重なって、昼でも夜の名残みたいに見えた。
正面には白い狐の置物がびっしり並ぶ。赤い耳、金の口元、色鮮やかな台座。背後に、掌ほどの赤い鳥居がひっそり立っている。手前には五色の布の房が垂れて、風がないのに、いつも少しだけ揺れていた。
私は時々、掃除の手伝いに来る。埃を払って、台座の隅に溜まった枯葉を取って、狐たちの向きを揃える。それだけのはずだった。
ある日、最後にもう一度見回して帰ったのに、翌朝来ると、狐が一体だけ違う方向を向いていた。たった数ミリ、身体がずれている。目の線が、鳥居のほうへ寄っている。
気のせいだと思って戻す。次の日も、同じ狐が同じだけずれる。狐の足元に米粒を一つ置いてみた。踏まれたら転がるはずの米粒は、朝になると鳥居の前に移されていた。米粒だけが、まるで「ここ」と示すみたいに。
その晩、雨が降った。
鈴の音もしないのに、五色の布がゆっくり揺れていた。布の影が狐の顔を横切るたび、白い陶器の肌に、黒目があるみたいな錯覚が生まれる。私は息を止めて、棚の前に立った。
カチ、と小さな音がした。陶器が木に触れる音だ。狐たちが、歩かずに、滑るように動いていた。誰かの指で押したみたいに、静かに、整然と。
大きい狐二体が左右に開き、間に小さい狐が一本の列を作る。色の台座が並び、赤い鳥居までの道筋ができていく。まるで、誰かを通すための“通路”だった。
その通路の端で、銀色のきらきらした飾りがふわりと浮いた。紙でも糸でもない、細い光の束。雨の匂いの中で、それだけが乾いて見えた。
私はそこから先へ近づけなかった。怖いというより、踏み込んでいい種類の静けさじゃない、と身体が判断したのだ。
翌朝、社の前の石段に、小さな足跡が点々と残っていた。猫の足跡に似ている。けれど雨上がりの石に、あんなふうにくっきり残るだろうか。
昼過ぎ、買い物袋を抱えた女性が来た。深く頭を下げ、賽銭を入れ、言葉にならない声で何かを願っていた。帰り際、棚の前で足を止める。狐の列が、確かに一本、鳥居まで伸びているのを見て、女性の目が少しだけ丸くなった。
その夜、私は社の前を通りかかった。雨はもう止んでいる。なのに五色の布は、昨日と同じ速度で揺れていた。
翌朝、女性がまた来た。腕の中に小さな猫を抱いていた。濡れた毛が乾きかけて、まだ獣の匂いがする。猫の首には、細い赤い紐が結ばれていた。どこかで引っかけたのか、端に金色の粉が少し付いている。
女性は何度も頭を下げた。言葉は「ありがとうございました」だけ。けれど視線は、狐ではなく、鳥居のほうへ、何度も吸い寄せられていた。
その日、棚の狐を数えようとして、私はやめた。
数えた瞬間に、きっと“残数”が意味を持ってしまう。ここでは、きちんと数えないほうがいい。足りないかもしれない、という余白があるから、狐たちは一体を貸せるのだと思った。
実際、時々、狐が一体だけ減る夜がある。翌朝には戻っている。戻ってきた狐の台座の縁には、水で洗ったような筋が残っていたり、銀色のきらきらがほんの少し付いていたりする。
誰かの道をつくり、境目を渡らせて、また元の場所へ帰ってくる。赤い鳥居は掌ほどのままなのに、狐が並ぶと、その向こうが少しだけ広くなる。
私は掃除を終えるたび、狐の向きを揃えないようになった。わざと乱すのではなく、触れない。ここで整えるべきなのは、棚の上ではなく、参る人の胸の中なのだと、狐たちに教えられた気がしたから。
だから今日も、五色の布が揺れているのを見かけたら、私は少しだけ足を止める。
誰かのための通路が、いま作られているのだろう、と。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
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