丘の上の公園に、新しい設備が整えられたそうです。
人工の滝は浅い水遊び場へと形を変え、パーゴラの下の既存ベンチは、ひとつながりの広いベンチになったといいます。
最初の異変は、昼下がりの読書会で見られたそうです。
十数人が等間隔に腰掛けても、真ん中にだけ一人分の空白が残る……そんな座り方になってしまうのだといいます。
空いているのだから座ればよいのに、誰もそこに腰を下ろさず、気づけば両側の人が少しずつ寄っても、空白は縮まずに場所だけをゆっくり移すように見えたそうです。
晴天でも、その部分の座面には微かな濡れ跡が浮かぶことがあるといいます。
鳥の足跡が一直線に渡っているのに、そこだけは避けるように欠け、風で転がった落ち葉はその輪郭に沿って止まる……そんな形が何度か確かめられたそうです。
夕方、人工の滝の循環音が弱まる時刻になると、空白の上だけ影が濃くなるのだといいます。パーゴラの格子が一本、余計にあるかのように。
発現がはっきりしたのは、休日のイベントの日だったそうです。
満席に見えたベンチで、通りがかりの人が「詰めてもらえますか」と声を掛け、両隣が寄ったため、例の空白に半身を滑り込ませたといいます。
その瞬間、左右に座っていた二人の膝が同時に沈み、腰骨の裏から冷たい掌で支えられるような感触があった……そう語られています。
真ん中にかかった誰かの体重だけがゆっくり戻らないように、座面の木目がわずかに逆立ち、ねじれ、細かい軋みが一拍遅れて周囲を巡ったといいます。
すぐそばの水場では、噴水の途切れる音が一度だけして、子どもの笑い声がふっと薄くなったそうです。
その日以降、広いベンチには必ず一人分の空席があるといいます。
雨の日はそこだけ濡れ、乾いた日にはそこだけ光沢を保つ。
朝、清掃の人が座面を拭くと、拭き筋がふたつ分だけ重ならない。
夜間の見回りでは、ウッドデッキのビスがひとつずつ微かに鳴って、ちょうど人の数を数えるように端から端へ音が移るのだそうです……。
管理の記録に不具合はなく、木材の交換も歪みの調整も行われているといいます。
それでも、休日の午後になると、誰もが知らない誰かのために、広いベンチはきちんと席を空けてしまう。
その空白に座れたという話は、今のところ伝わっていないそうです。
ただ、冬の朝、初霜のついた日にかぎって、そこにだけ薄い人影の形が残り、開園の時刻には消えてしまう……そんな報告が続いているといいます。
記録は続いていますが、確かめた人はまだいないのだそうです。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
比治山公園「平和の丘」の取組について(お知らせ)2025年(令和7年)10月
比治山公園「平和の丘」の取組について(お知らせ)2025年(令和7年)10月|広島市公式ウェブサイト広島市公式ウェブサイト


