ウラシリ怪談

遅れているので、再度

「遅れているので再度」とだけ綴られた公園の時計の報告は、影と記録のほうへ時間を移しはじめたそうです…
写真怪談

蛇腹門の可動域

外灯の下、一本多い“影の格子”が、あなたの歩幅に合わせて動きだす。住宅地の折りたたみ門に棲むものと目が合った夜の話。
晩酌怪談

麦穂の影、揺れる晩酌

カウンター越しに揺れる麦穂。その影が、ビールの泡よりも長く残っていた――。
ウラシリ怪談

夕暮れの店頭

その商店街の一角に、無人の古着店がありました。扉の前にはマネキンが立ち、まるで店員のように客を迎える役をしていたそうです。昼間に訪れると、通り過ぎる人々は微笑ましく眺めるだけでした。しかし、夕暮れ時になると……橙色の光が長く影を伸ばし、マネキンの存在は別のものに変わるのだといいます。ある人は、閉店時間を過ぎてもそのマネキンが店頭に立っていたのを見たそうです。だが、その影は本来の方向には伸ばさず、通...
ウラシリ怪談

鉄道ホームに潜む余白

とある地下鉄の駅で、刃物を持った男が乗客を切りつける事件がありました。利用客が逃げ惑い、構内は騒然となり、数人が負傷したと報じられています。数日後には落ち着きを取り戻し、いつもの朝夕の混雑が戻ったそうです。けれども、その頃から妙な報告が増えたといいます。終電後に点検をしていた駅員が、ホームの壁に張り付くような黒い影を見たそうです。振り返っても誰もいない……監視映像には人影は映っておらず、ただセンサ...
写真怪談

黒雲の下、橋の向こうで待つもの

夜祭の最終日。送り火を控えた河原はすでに立入禁止となり、橋の入り口には監視員たちが列を成して立っていた。「ここから先は入れません」通りかかる人々にそう告げる声が夜気に溶けていく。だが、河原には誰一人いないはずだった。ふと、一人の監視員が違和感を覚える。仲間の足元に並ぶ影の列――そこには人数分より一つ多い影が混じっていたのだ。灯りの位置からすれば、そんなはずはない。「……誰だ?」振り返っても、人影は...
写真怪談

鉄塔に棲むもの

その鉄塔は、町外れの空き地に屹立していた。夕暮れになると、真っ黒な影となって空を切り裂き、風が吹くたびに高圧線が低く唸る。──あそこには「誰か」がいる。昔から子どもたちの間ではそう囁かれていた。ある若い作業員が、夜間点検のために鉄塔に登ったという。仲間に無線で「今から昇る」と告げ、ゆっくりと階段を上がっていった。だが数分後、彼の声は奇妙に変わった。「……うしろに……」無線が途切れ、雑音だけが流れた...
ウラシリ怪談

貨物室に残された影

非常灯が赤く明滅するたび、貨物室の奥に影が揺れていたそうです。それは人の姿に似ていながら、輪郭は長く歪み、煙の中で形を持とうとするたびに空気が軋む音がしたといいます……。異変の始まりは警告灯でした。貨物室の扉が震え、低く濁ったアラームが機内全体に波紋のように響く。乗客は声を荒げ、出口に押し寄せるが、灯りは次々と落ち、赤い非常灯だけが残る。煙の中で二人が外に出ようとした瞬間、何かに腕を引き戻されるよ...
ウラシリ怪談

影を映す田の板

田んぼに立てられた縦型のソーラーパネルは、昼はただ静かに陽を受けていたそうです。しかし夜になると、黒い板が水面に影を落とし、その影が人の姿のように揺れたといいます……。農作業を終えた者がふと振り返ると、パネルの向きがわずかに変わっていたそうです。整然と並ぶはずの列の一部が、誰かを見ているかのように傾いていたといいます。翌朝、水田を覗き込むと、自分の影に寄り添うもう一つの輪郭が映っていたそうです。だ...
写真怪談

水底に立つ森

湖の水面は不思議なほど静まり返っていた。風が吹いてもさざ波は立たず、ただ枯れ木だけが水中から真っ直ぐに伸びている。観光客が「美しい」と口にするその風景を、地元の古老は決して褒めなかった。「ここは森が沈んだ場所だ。木々はまだ立っておるが、根は水底に囚われている」ある若者が夜に訪れ、湖畔で眠ってしまった。目を覚ますと、胸の奥が重く冷たく、息がしづらい。見渡すと、湖に映る木々の影が本物の幹と違うことに気...
ウラシリ怪談

戻り刃(もどりば)の影

空港の売店から忽然と消えたハサミが、見つかったのは同じ売店の棚だったそうです。誰も動かしたはずはないのに、ほんの数時間、確かに存在が消えていたといいます。その間、空港全体がどこか重く沈み、空気の流れまで止まってしまったように感じられたそうです。蛍光灯がふと滲み、放送の声が不明瞭に揺れた時、人々は「機械の不具合」と思っただけでした。しかし倉庫の隅に置かれていたハサミは、磨かれてもいないのに異様に澄ん...
写真怪談

螺旋の底に立つ影

階段を下りていると、奇妙な感覚に襲われた。まるで、降りても降りても同じ踊り場に戻ってきてしまうような、時間の輪の中を歩かされているような――。そのとき、窓ガラスに映るものに気づいた。自分の姿ではない。肩を落とし、顔を見せぬまま、ただじっと立ち尽くす黒い影。窓の外にいるはずのそれは、目を逸らすたびに、いつの間にか階段の踊り場へと移動していた。気づけば、下へ続く階段は影の先へと伸び、逃げ場を失った。影...
ウラシリ怪談

未来に開かれぬ上映

とある大型イベントで、新作ホラーゲームの映像が公開された夜のことだそうです。開発者の一人が自宅でテスト用の開発画面を開いた時、タイトルの下に見慣れぬ文字列が浮かんでいたといいます。最初は発表用の素材が紛れ込んだのかと思われました。実際、その日には他作品の最新映像や、異色のコラボの告知、さらにはアニメ化の発表までが立て続けにあったからです。けれど文字列はコードの中に存在せず、削除もできないまま、再起...
写真怪談

呼吸する壁

その空き部屋は、ビルの管理会社のあいだでも厄介者扱いされていた。テナントが退去して以来、なぜか工事が中断されたままになり、仮設の黄色い壁だけが立てられている。電気は通っているが使う予定はなく、ただ放置され、時おり巡回の警備員が足を踏み入れるだけの空間だった。「入った瞬間にわかるんですよ。空気が違うんです」そう語ったのは、夜勤明けの警備員の一人だった。廊下から扉を開けると、がらんとした部屋のはずなの...
写真怪談

宙に残った影

蔦のからまる古い家の壁に、人影のような黒い形が張り付いていた。毎日同じ位置にあり、誰も近寄らなかった。ある夕方、その影がゆっくりと屋根の縁に手を掛けた。指が動くのがはっきり見えた。翌日、その家は解体され、更地になった。だが、夕方になると空中に同じ影が浮かんでいるのを、何人も見ている。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
写真怪談

水面の向こうから

雨上がりの夕暮れ、路地の角に大きな水たまりが残っていた。その水面には、白い道路標示と赤いポール、そして空を覆う木々の枝葉が鮮明に映っている。だが、ひとつだけおかしなものがあった。──標識の下に、人影が立っている。その影は、実際の道路には見当たらない。水面の中だけに、じっと佇んでいた。頭からすっぽりとフードをかぶり、顔は濃い影に沈んでいる。ただ、肩から腰にかけて、細く長い腕がぶら下がり、水面の奥へと...
ウラシリ怪談

稲光より先に来る影

誰かが話していた、妙な話を思い出しました。AIを搭載したドローンが、避雷針として試験運用されたことがあるそうです。ある住宅街では、夜ごと小さな闇を纏った影が、空を滑るように飛んでいたといいます。「稲光の前に、あれが来る」そんな囁きが、不安げな声で広がっていたそうです。そのドローンが最後に目撃されたのは、稲妻が地上に落ちる直前のこと。ある夜は、いつもより低く、遅く、そして……閃光と共に地上へ落ちたの...