会社の昼休みに、あの古い教会の脇を通るのが好きだった。
手前の若い枝葉が視界を半分ふさぎ、その向こうに緑青の屋根と細い尖塔が覗く。さらに奥には、ガラス張りの新しいビルが立っていて、晴れた日は青空まできれいに映していた。古いものと新しいものが、互いに遠慮もなく押し合っているような場所だった。
異変に気づいたのは、風の強い日の真昼だった。
葉は右へ揺れているのに、教会の壁へ落ちる枝の影だけが、ひと拍遅れて別の方へ流れていた。下へ落ちるはずの影が、石壁を這うように上へ上へと伸び、尖塔の根元へ集まっていく。見間違いだと思って足を止めたとき、低い石の縁の上に、楕円が二つ並んでいるのが見えた。砂埃の積もった面が、そこだけきれいに擦れていた。誰かが膝をついた跡に見えたが、人が乗れる幅ではなかった。
次の日、その跡は壁際へ掌ひとつぶん近づいていた。
膝跡の先には細い擦れが二本増え、ちょうど指先で体を支えたような位置に伸びていた。見上げると、枝先の葉の裏が何枚かだけ白く掠れていた。虫食いではない。五本ずつ、並んだ筋が入っている。下から指でなぞられ、緑だけ薄く削れたみたいだった。背後のビルの窓には、教会の尖塔ではなく、何かがうつむいて背を丸めた輪郭が映っていた。振り返っても、歩道には誰もいなかった。
三日目の正午、車の流れる音が急に薄くなった。
耳がおかしくなったのかと思うほど、街のざわめきが遠のいた。その静けさの中で、白い車が教会の前に停まった。誰も触れていないのに、フロントガラスへ黄色い花粉がすうっと集まり、合わせた両手の形に曇った。石の縁には、膝、手、その先に小さな円い擦れが増えていた。額を押しつけた跡だった。しかも、その一組だけではない。少し離れて、同じ跡がまた一組、さらに街路樹の根元にも半端な一組。どれも教会へ向かって、順番に進んでいた。
教会の扉は閉じられたままだった。
中で何かの式がある気配もない。鐘も鳴らない。それでも正午になると、枝は風と関係なく一本ずつ沈み、見えない重みを受け渡すみたいに、道路側から壁の方へたわんでいく。夕方には、枝先の葉の裏がまた少し白くなっている。翌朝には、石の縁に新しい膝跡が増えている。
私はもうその道を選ばない。
けれど晴れた昼に遠くから見ると、あの教会の前の木だけ、葉が揺れる順番がいつもおかしい。何かが下から枝を伝って行く。低い石の縁で一度ひざまずき、もう一度、もう一度と、少しずつ人の形に近づきながら、尖塔の方へ登っていく。
いちばん怖いのは、その跡の間隔だ。
最初に見たものより、昨日見えたものの方が、ほんの少しだけ人間の膝幅に近かった。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

