となりの青いドラム

ウラシリ怪談

ドラマーを亡くしたバンドが、最初の大きな公演を迎えた時の話です。

その夜、舞台の中央には、復帰したら使うはずだった真新しいドラムセットが置かれていたそうです。色は、少し沈んだターコイズブルー。まだ誰の癖もついていないはずの椅子と、傷ひとつない金具の光り方が、かえって痛々しかったといいます。
そのすぐ横には、代わりに叩く弟子筋のドラマーのセットが組まれていました。ふたつのドラムが並ぶと、片方だけが妙に静かで……空席というより、遅れて来る誰かのために空けてある席のように見えたそうです。

本番前のリハーサルで、代役のドラマーは何度か演奏を止めています。
自分のフィルインのあとに、叩いていないはずの場所から、ごく小さく返事のような音がしたからです。カツ、と硬い音ではなく、使い込まれたスネアにだけ出る、少し丸い響きだったそうです。
スタッフは、隣に置いた新品の胴が共鳴したのだろうと言いました。確かに、そう言われれば説明はつきます。
けれど、その音は決まって、彼が不安になって視線を左へやった時だけ、ひとつだけ遅れて返ってきたといいます。

開演すると、会場には一万二千人近い客席の気配が満ちました。
過去の映像がモノクロで流れ、客席のあちこちで、誰かの名前を呼ぶ声が重なったそうです。バンドは最初の曲を鳴らし、二曲目、三曲目へと進みました。
代役のドラマーは、横の青いドラムを見ないようにしていたそうです。見てしまうと、本当に誰かが座っている気がしたからだといいます。
それでも、何度目かの曲で、どうしても視界の端にその椅子が入りました。
誰もいないはずの座面が、ほんのわずかに沈んでいたそうです。
重みで沈んだというより、さっきまでそこに人がいて、立ち上がったあとがまだ戻りきっていないような形だったといいます。

二十分の休憩を挟んだあと、照明が赤、青、緑へと切り替わる、もともとその人の見せ場だった場面が来ました。
スクリーンには、生前に叩く姿が映っていたそうです。腕の振り、首の角度、決める前に少しだけ右肩が上がる癖まで、そのままだったといいます。
そして横の新品のドラムには、マイクが立っていないのに、ライトだけがきちんと当たっていました。
代役のドラマーは、その時だけ一拍、入りを見失ったそうです。
焦って足が止まりかけた瞬間、すぐ左から、四つ数える小さな気配があったといいます。
声ではなく、スティックの先で縁を撫でるような、ごく短い合図です。
ワン、ツー、スリー、フォー。
それは客席には届かないほど小さかったのに、演奏している五人には、はっきり同じものとして伝わったそうです。
誰も崩れず、きれいに次の小節へ入れたのだといいます。

終演後、舞台に残ったメンバーとスタッフが、その青いドラムを囲んだそうです。
誰も触っていないはずなのに、スネアの白い皮の中央にだけ、薄い円が浮いていました。新品の面を軽く何度も叩いた時に出る、ごく淡い曇りです。
しかも、その横には、開けてもいないスティック袋から出したような木の匂いではなく、ひと晩きちんと演奏を終えたあとの、汗と金属がまじる匂いが、ほんの少しだけ残っていたといいます。
いちばん長く一緒にいたメンバーが、しばらく何も言わず、その椅子の高さを見ていたそうです。
それから、小さく「これ、あの人の高さだ」とだけ漏らしたそうです。
新品のまま置いたはずの椅子が、ほんの一段だけ下がっていたのだといいます。

その日以来、月命日の深夜になると、メンバーのひとりは時々、時間の感覚がおかしくなるそうです。
もう何年も経った気がするのに、まだ一週間しか経っていないようでもある……そんな夜です。
その感覚のまま、あの青いドラムのことを思い出すのだといいます。
怖い話として語る人はいません。
ただ、あの最初の公演だけは、誰かが本当に「隣で叩いていた」としか思えない、と。
使うはずだったものを、ちゃんと使ったことにしてからでないと、離れられない夜もあるのかもしれません。
だからあの人は、誰にも姿を見せず、音だけをひとつ置いていったのかもしれません……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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