残機

晩酌怪談

仕事を終えたあと、机の上にいつもの順番で瓶を並べる。黒いラベルのウイスキー、炭酸、甘い紅茶。氷を落としたグラスを木のコースターに置いて、モニターには古いシューティングゲームを映す。星空みたいな背景を見ながら、一面だけ遊んで寝るのが習慣だった。

最初の異変は、画面の自機が撃ち抜かれた瞬間に起きた。手を触れていないグラスの中で、氷が内側から「ピシ」と鳴った。室温はむしろ高く、炭酸の泡もまだ元気だったのに、ひびだけが白く走った。気のせいかと思ったが、次の被弾でも同じ音がした。しかも、画面下の残機が一つ減るたび、グラスの冷たさが指先へ一段深く刺さる。

三日目の夜、私はようやく数を見た。ゲーム開始時、氷は二つ入れたはずだった。ところが一回ミスしたあと、グラスの中には三つあった。四角い氷が、薄い琥珀色の液の底で静かにぶつかっていた。継ぎ足した記憶はない。二度目のミスで、また「カチ」と乾いた音がして、木のコースターがわずかに濡れた。氷は角の立ったままなのに、水跡だけが増えていく。

試しに次の晩は、氷を入れずに作った。ぬるい酒なら何も起きないと思ったからだ。だが一機目を失った瞬間、グラスの底が白く曇った。二機目で、その曇りはきれいな立方体の角を持った。三機目で、何もなかった液体の中に、触れれば舌が貼りつきそうな透明の塊が二つ並んでいた。冷蔵庫は閉じたまま、製氷皿も空のままだった。

それからは、負けるたびに机が少しずつ冷えた。マウスを握る指が鈍り、キーを打つ爪の先だけが妙に痛む。グラスの中では増えた氷がいつまでも溶けず、代わりに黒いラベルの瓶の液面だけが、誰にも注がれていないのに段差みたいに下がっていった。滑らかな線ではなく、昔のドット絵みたいに一段ずつ。

怖くなって、私はゲームを消した。ケーブルも抜き、酒も片づけて、その夜は空のグラスだけを机に伏せて寝た。なのに深夜、木を爪で弾いたような乾いた音で目が覚めた。モニターは真っ黒のままなのに、画面の下端だけが青白く湿って見えた。

翌朝、コースターの上に丸い輪はなく、指先ほどの小さな正方形の水跡が五つ並んでいた。丸いグラスからは絶対につかない形だった。しかも最後の一つだけ、コースターをはみ出して、私がいつも左手首を置く位置に食い込むようについていた。触るとそこだけ、氷より冷たかった。

今はもう、あのゲームを起動していない。
それでも夜になると、ときどき机の上で「カチ」と小さな残機音がする。
朝には正方形の水跡が、一つずつ増えている。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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