青札

写真怪談

この街には「青札をまたぐな」という噂がある。

駅前から川沿いへ抜ける道の途中に、昼でも自転車が隙間なく詰め込まれている駐輪場がある。春先の晴れた日、その列のどこかにだけ、持ち主も日付も書かれていない青い札が一枚ぶら下がる。あれは撤去札じゃない。夜になると、札の付いた自転車が一度だけ「誰かを送りに出る」印だ、と。

引っ越してきたばかりの私は、その話を笑った。実際に見た青い札も、ただの利用票にしか見えなかった。黒いフレームの自転車のサドル下で揺れていて、その脇には黄緑の車体と銀色の籠の自転車が押し合うように並んでいた。通るたびにハンドルとブレーキワイヤーが擦れて、金属の乾いた匂いがした。

その日、私は自分の自転車を引き抜くために、札の付いた一台のハンドルだけ少し持ち上げた。

その瞬間、列の奥から順に、ギ、ギ、ギ、と小さなブレーキ音が伝わった。誰も触っていないはずの自転車が一台ずつわずかに壁の方へ首を向け、最後にコンクリートの縁に黒い擦れが一本増えた。新しいゴムの跡だった。けれど、その高さにあったはずのグリップは、どの自転車にも見当たらなかった。

翌朝、青い札は別の自転車に移っていた。今度は黄緑のフレームに結ばれていた。管理人に聞いても「うちはあんな札を使っていない」と首を振るだけだった。その日の帰り、私の自転車のスタンドの下に、見覚えのないへこみが二つ並んでいた。片方は私のもの、もう片方は、もう少し重い車体が長いこと立っていたような深さだった。

気味が悪くなって、私は青札を見つけるたび外してごみ箱に捨てた。三日目の夜、部屋の前に置いた自転車を見て、喉が鳴った。

捨てたはずの札が、前輪のブレーキワイヤーの内側に通っていた。結び目は外からでは作れない位置にある。門から玄関までのタイルには、タイヤの筋が二本、並んで薄く残っていた。片方は私の溝、もう片方は妙に古い型の、細いひびの入ったゴム跡だった。

それでも見間違いだと思いたくて、私は休日の昼、駐輪場の陰で張った。

人通りが途切れた頃、列の真ん中で青札がふっと持ち上がった。風はなかった。次の瞬間、ぎゅう詰めの自転車たちが、倒れもせずに一斉に同じ方向へしなった。見えない誰かがハンドルのあいだを肩でこじ開け、ブレーキレバーを順番に撫でていくみたいに、乾いた鳴き声が奥へ走る。最後に、壁際の何もない空間で、重いタイヤが地面を踏み直す音がした。

青札は私の自転車へ滑るように移り、ぱたりと止まった。

壁には、前の日より長い黒い擦れが増えていた。その先端だけが少し赤く、ちょうどブレーキゴムが削れたときの粉の色をしていた。私は慌てて自転車を引いたが、前輪は動くのに後輪だけが重かった。誰かを後ろに乗せたときの重さだった。

この街では今でも、青札の付いた自転車を見たら触るなと言う。

もうひとつ、最近になって付け足された噂がある。あの札は「次に乗せる家」を覚える、というものだ。だから壁の擦れを消すためにペンキを塗っても、翌朝にはまた同じ高さに黒い線が戻る。そして青札の裏には、まだ誰にも見せていないはずの自宅の部屋番号が、薄い鉛筆で先に書かれているらしい。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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