姉が足を痛めてから、朝の散歩はしばらく私の役目になった。
預かったのは小型犬が三匹。茶色いのが一匹、薄い色のが二匹。三匹とも性格は違うのに、家から十分ほどの横断歩道へ来ると、必ず同じ並び方をした。左の一匹だけがこちらではなく、私の脇を抜けた先を見る。右の二匹は、白線の手前でぴたりと伏せる。信号が青になっても、すぐには動かない。
最初は車の音でも嫌いなのだと思った。
けれど、そこでは毎回、手の中の金具が一つ多く鳴った。三本のリードをまとめた丸い金具が、犬たちの動きに合わせて鳴るのはわかる。だが、その横断歩道の前だけは、三匹が止まったあとに、遅れてもう一度だけ小さく鳴る。引いた先のない方向から。
姉に話しても、首を傾げられただけだった。
「その場所、前から嫌がるのよね」
そう言って終わりだった。理由は知らないらしい。三匹とも保護犬で、来た時期もばらばらだ。なのに、あの白線の前でだけ、まるで前から同じものを見てきたみたいに息をそろえる。
数日後、違和感は家の中へ入ってきた。
雨上がりの散歩から戻り、三匹の足を拭いて玄関に上げた。濡れた足の数は確かに三匹分だったのに、タイルの隅にだけ、小さな丸い水の輪が残っていた。足跡ではない。首輪の金具を一度置いたような、きれいすぎる輪だった。雑巾で拭くと消えたが、翌朝も同じ場所にまたできていた。
それからは、散歩のたびに何かがひとつずつ増えた。
廊下を走る爪の音が、四つに聞こえる朝があった。
水皿の減り方が、三匹では説明できない夜があった。
干したリードは三本なのに、朝になると、必ず真ん中に空いた場所を囲むように絡まっていた。そこに、もう一本通っていた跡のように。
私は気味が悪くなって、別の道を選んだ。
けれど三匹は、遠回りをすると座り込み、家の方へ戻ろうとした。仕方なく、いつもの横断歩道へ連れて行くしかなかった。そこへ着くと、茶色い一匹が短く尻尾を振った。誰かを見つけた時の振り方だった。右の二匹も伏せたまま、白線の少し内側を空ける。小さな犬一匹ぶん、きれいに。
青になった。
その瞬間、私の右手が下へ引かれた。
三匹はまだ動いていない。それなのに、一本分の重みだけが先に前へ出た。見えない何かが、ためらいなく白線を越えたのだとわかった。丸い金具が、耳元で四回鳴った。今度は聞き間違いではなかった。左の一匹が、その空いた場所へ顔を寄せ、鼻先を軽く上げた。挨拶をするみたいに。
私は逃げるように三匹を抱き上げ、渡り切った。
向こう側へ着いた途端、三匹は一斉に振り返った。尻尾を振っている。私ではなく、いま渡ってきたはずの何かに向かって。
そのくせ、道路の上には何もいない。朝の光が点字ブロックを照らし、車の音が遠くから流れてくるだけだった。
帰宅してリードを壁のフックに掛けた時、ようやく手を開けた。
掌に、赤い食い込みが四本あった。
三本ではできない並び方だった。しかも一番外側の一本だけ、妙に低い位置にある。小さな犬が、ずっと下から引いていた高さだった。
その夜から、玄関の外で金具の触れ合う音がするようになった。
朝、扉を開ける前には必ず一度だけ、軽く鳴る。
家の中には三匹しかいないのに、フックの下の壁には擦れた跡が四つ並んだ。
いちばん右の新しい輪だけ、雨でもないのに、いつも少し湿っている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


