逆転しきれない影

ウラシリ怪談

地磁気の逆転史を、過去1億5500万年ぶん統計解析したところ、「未発見の逆転」が潜んでいる証拠が見つかった――そんな研究発表が出たそうです。逆転の頻度が見かけ上“減る”時代が4つあり、そこは80万年以上という長い無逆転期と重なっている。だから、その時代は高分解能で調べ直す必要がある、と。

それを受けて、ある保管施設で、古い掘削コアの再測定が始まったと聞きます。棚には年代順に箱が並び、同じ手順で運ばれ、同じ部屋で測られる。いつもの作業の延長でした。

高分解能測定では、コアを細かい間隔で刻むように見ていきます。磁化の向きを拾い、角度の変化を追い、必要なら回転させて確かめる。逆転があるなら、向きは反転する。反転しないなら、同じ向きが続く。理屈はそれだけのはずでした。

最初の異変は、数値ではなく「見え方」だったそうです。

磁気を乱さないよう、測定室は余計な金属が置かれていない。窓も小さく、照明も弱い。コアの表面だけを照らし、覗き込み、記録する。作業者の視界は自然と狭くなる。そこへ、ふと、視界の端に“人の輪郭”が入ったといいます。

誰かが立っている。そう思った瞬間には、いない。けれど、次の瞬間にはまた、同じ場所に“立っているはずの余白”が残る。空間の密度だけが違う。そこだけ空気が詰まり、暗さが沈む。暗いのに影ではない。影は光が作るはずなのに、光が届かないように見えたそうです。

測定は続けられました。止める理由が説明できないからです。

コアの特定の区間に差し掛かったとき、磁化の向きがゆっくり回り始めたそうです。反転の兆しでした。ところが、180度に届く直前で、ぴたりと止まった。半身だけ振り返るように。ためらうように。そこで止まって、二度と進まない。少し戻り、また止まり、同じ角度に固着する。

その角度は、作業者が立つ位置と同じ方向を向いていたといいます。

作業者が位置を変えると、角度がほんの少し追いかける。測定器を触っていないのに、コアを動かしていないのに、向きだけが“こちら”へ寄る。数値の揺れではなく、寄る。近づく。見られているように。

その直後、測定室の小さな窓に、白い息のような曇りが生まれたそうです。室内は乾いていたのに、窓の内側だけがうっすら濡れ、指で拭うとすぐ戻る。曇りの中心には、指の届かない小さな丸が残った。丸は、まるでそこだけが“外側”と繋がっているみたいに、透けて見えたといいます。

窓に目を近づけた作業者が、そこで初めて“顔”を見たそうです。

鏡ではありません。窓は単なる覗き窓で、反射を見せる構造でもない。それなのに、曇りの向こうに、顔の輪郭があった。こちらを向いていない横顔。目元が見えない。口元も見えない。輪郭だけがあり、頭だけが、ゆっくりと回ろうとしている。

回ろうとして、止まる。

ちょうど、コアの向きが止まった角度で。

次の瞬間、窓の曇りが消えたそうです。乾いたガラスに戻り、何も映らない。作業者の背後にも誰もいない。けれど、測定器の表示だけは、あの角度に貼りついたままだったといいます。まるで、向きが反転できないものが、そこに残ったままのように。

作業者は、その区間を別の手順で再測定したそうです。コアを取り替え、器具を換え、確認を重ねた。けれど結果は変わらない。回りかけて止まる。半分だけ振り返って止まる。見ている角度で止まる。

そして、見えてしまう。

曇りの向こうの横顔。こちらを向けない顔。向きが変わりきらない顔。

最後に、コアを箱へ戻す作業があったそうです。梱包材のフォームに収め、蓋を閉め、封緘する。その時、フォームの内側に、ひとつだけ新しい凹みが増えていたといいます。コアの形ではない。人の頭部の側面のような、浅い凹み。そこに触れると、妙に冷たい。冷たさだけが、いつまでも残る。

棚へ戻された箱のラベルには、結果の数値は書かれなかったそうです。代わりに、短い備考だけが残ったと聞きます。

「未発見の逆転:停止」

何が止まったのか。逆転なのか、誰かなのか。そこから先の記録は、途切れているそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

地磁気逆転史に「未発見の逆転」が潜む証拠 ― 高分解能調査が必要な時代を統計解析で可視化 ― | 統計数理研究所

地磁気逆転史に「未発見の逆転」が潜む証拠 ― 高分解能調査が必要な時代を統計解析で可視化 ― | 統計数理研究所
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