二月の初め、夕方の空気はまだ硬い。駅から離れた住宅街の端にあるスーパーマーケットの脇道は、買い物帰りの人が流れ込むだけの、どこにでもある細い抜け道だった。
そこだけ、妙に“明るい”時間がある。
日が落ちきる前の、信号が点くか点かないかの薄い青の中で、屋台の灯りが浮く。白い車体の口が開き、「だんご」の札が四角く並んで、湯気が出ている。赤いコーンが小さく区切った列に、親子らしい二人がいた。子どもはピンク色の上着で、手を伸ばしている。買わない私は少し離れて、回収ボックスの貼り紙や自転車の影を眺めていた。
頭上の電線が、風でもないのに鳴る。
高い音でも低い音でもない、皮膚の奥に触る震え。見上げると、電柱から斜めに伸びたワイヤーに、色褪せたカバーが被さっている。ふつうなら黄色いはずのそれが、古い骨みたいなベージュに変わっていて、夕方の光を吸っていた。
視界の端で、そのカバーだけが揺れた。
風向きが変わったわけじゃない。揺れたのではなく、“こちらを指した”気がした。屋台の列、子どもの伸ばした手、その先の空白を。
信号が黄色に変わると、周りの音が一瞬だけ抜けた。
車の走行音も、買い物袋の擦れる音も消えて、かわりに回収ボックスの中から、空き容器がこすれるような乾いた音がした。カラカラ、と。誰も触っていないのに。
カーブミラーの凸面鏡に目が吸い寄せられる。
鏡の中では、屋台の列の背後に、もう一人分の“背中”が映っていた。黒い上着の背中。だが現実には、そこに誰も立っていない。鏡の中だけ、列が三人になっている。
子どもが伸ばした手が、空を掴んだ。
掴んだのに、握った形で止まった。
母親らしい人が振り向いた。誰かを見た、という顔で。子どもは満足したみたいに、握ったまま手を引く。引かれたのは、見えない何かだった。
その瞬間、私は自分の足元の影が増えたのを見た。
二本だったはずの影が、三本になっている。私の影はふつうに濃い。残りの一本は、濃さが足りない。紙に刷ったみたいに薄い輪郭で、ワイヤーカバーの色と同じベージュをしていた。
怖い、というより、思い当たってしまった。
「カバー」という言葉の、意味の方を。
擦れないように覆う。傷つかないように巻く。むき出しのものを隠す。危ないところを、当たり前の顔で“安全”にしてしまう。
信号がまた黄色に変わった。
そのたびに薄い影が増える。足元に、ひとつ。自転車のスポークの隙間に、ひとつ。回収ボックスの透明な窓の内側に、ひとつ。どれも同じ色で、同じ質感で、同じ輪郭の“人”の形をしている。
屋台の中で、焼き台の上の串が返された。
甘い匂いが一瞬だけ鼻に届き、次の瞬間、焦げた髪の匂いに変わる。私は喉の奥がひりつくのを感じた。誰も咳き込まない。私だけが反応している。
買わない、と決めていたのに、足が一歩だけ前に出た。
ベージュのカバーの影の下に、つま先が入った。
世界が“写真”みたいになった。
音が薄く、輪郭が硬くなる。FOODS MARKETの文字が、白く光って見えるのに、温度がない。ピンクの外壁のまだら模様が、皮膚の染みのように見えた。赤いコーンも、自転車も、母子も、すべてが動きかけて止まり、止まりかけて動く。連続ではなく、コマ送り。
鏡の中の背中が、ゆっくりこちらを向いた。
顔はなかった。あるべき位置に、ワイヤーカバーと同じベージュの面が貼りついているだけだった。のっぺりしていて、光を返さない。私は息を吸おうとして、空気が肺に入らないことに気づく。
ベージュの面が、こちらに“重なった”。
次に気づいた時、私は道の反対側に立っていた。信号は赤。車が通り過ぎ、人が歩き、自転車がきしむ。屋台の灯りも、湯気も、何事もなくそこにある。さっきまでの静けさが嘘みたいに、現実は忙しい。
私は笑ってしまった。
たった一歩で、何が起きるというのだ。
帰宅してから、スマホの写真を見返した。
あの脇道、あの屋台、あのコーン、自転車。偶然に収まった構図が、妙に整っている。撮った記憶はない。けれど、アルバムの中にそれがある。
そして右端に、色褪せたベージュのワイヤーカバーが写っていた。
画面の隅に、斜めに伸びるそれ。いつもは黄色のはずなのに。
写真を拡大して、屋台前の列を見た。
親子がいる。自転車がある。コーンがある。
その少し手前、ワイヤーカバーの影が落ちる場所に、“誰か”が立っていた。
輪郭だけが、ベージュで。
顔の部分は、空白だった。
削除しようとした。指が動かなかった。
画面の中のベージュが、じわ、と濃くなった。濃くなるたび、私の部屋の明かりが一段暗くなる。天井の照明が、信号の黄色みたいに、不安定に揺れる。
ふと、窓の外を見た。
遠くの電柱から、斜めにワイヤーが伸びている。そこに、黄色いカバーがある。健全な色だ。けれど一瞬だけ、ベージュに見えた。色が“抜けた”のではない。“塗り替えられた”。
足元に、薄い影が増えていく。
増えた影は、私の動きに遅れてついてきた。遅れて、追いつき、追い越す。追い越した影は、壁に触れ、電線に触れ、ワイヤーに触れ、そこで止まった。
信号の黄色が、窓ガラスに映った。
本当は赤なのに、黄色に見える。
私はもう一度、あの写真を見た。
右端のベージュのカバーは、もうカバーではなかった。
ベージュの面に、薄い凹凸が浮いている。人の指の節みたいな、小さな丸い連なり。串に刺さった団子みたいに、等間隔のこぶが並んでいる。
屋台の札の「だんご」が、四角く切り取られたみたいに見えた。
一文字ずつ、別の場所から貼り付けたみたいに。
写真の中で、私は“貼り付ける側”になっている。
息が、ようやく入った。
代わりに、声が出なくなった。
喉の奥で、電線が鳴っている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

