停止期間の並び

ウラシリ怪談

ある市が、年末年始に「店頭の端末でいくつかの証明が出せなくなる」と告知したそうです。理由は、システムの標準化作業。住民の写しや印影の証明、税の証明、戸籍や附票などが、決まった期間だけ止まる……ただそれだけの話でした。

ところが、その告知が出た年のことです。
市内の、夜も明るい店で働いていた人が、妙な光景を見たそうです。

夕方の切り替え時刻が近づくと、端末の前に、静かに人が並びはじめたといいます。
用事を急ぐ雰囲気ではなく、会話もなく、列の間隔がやけに揃っていたそうです。手には何も持っていない人もいた。身分を示すものも、財布も、買い物かごも……ないまま、ただ端末のほうを向いていたといいます。

列の最後尾に立つ人は、いつも同じ場所に立ったそうです。入口の自動扉から、三歩ぶん内側。床の目地の線が交わるところ。
それは偶然ではなく、そこが「ここまで」という境目のように感じられた……そんな言い方が残っています。

切り替えの時刻になると、端末は予定どおり「停止中」になったそうです。
画面に案内が出て、操作は受け付けない。普通なら、その時点で列は散るはずでした。

けれど、その夜は違った。
列の先頭にいた、黒い外套の人物だけが、端末の前に残ったそうです。背は高くも低くもなく、顔の輪郭がなぜか覚えられない。店員が視線を向けた瞬間だけ、そこに“影”が増えたように見えた、といいます。影がもう一つ、人物の足元に重なり、少しだけ遅れて動いたそうです。

その人物は、何かをかざすでもなく、指を画面に置いたといいます。
停止中のはずなのに、画面の白さが一段明るくなった。店内の音が、いったん遠のいた。冷蔵ケースの唸りだけが残って、店内の時計の秒針が、妙に遅く聞こえた……そんな記録でした。

そして、端末の排紙口が、ひと息だけ鳴ったそうです。
紙が出るときの乾いた音。止まっている機械が出すはずのない音。

出てきた紙は、一枚。証明の書式ではなかったといいます。
上部に、細い枠。枠の中に、文字が一つだけ印字されていた。

「附」

それだけ。
続く行には、何も書かれていないのに、紙の中央あたりが妙に黒ずんで見えたそうです。インクの滲みではなく、触れると指先がざらつく。炭を薄く塗ったような、しかし匂いのない黒さだったといいます。

黒い外套の人物は、その紙を取らずに立ち去ったそうです。
列にいた他の人々も、同時にいなくなっていた。さっきまで入口付近に揃っていたはずの足元が、床の模様だけになっていた……そんなふうに語られています。

翌日から、その店では、別の異変が起きたそうです。
夜勤の人が、端末の周りに“忘れもの”を見つけはじめた。名刺入れでも鍵でもなく、白い封筒。中には、何も入っていない。表にも裏にも宛名はないのに、封の糊だけが新しい。
そして封筒の角にだけ、薄い鉛筆で、同じ文字が書かれていたといいます。

「附」

それが積もりはじめた頃、町の窓口で、変な問い合わせが増えたそうです。
「附票1が欲しい」「附票を取れないと困る」……止まっている期間に限って、そう言う人が現れた。
しかも、その人たちは、誰の附票かを言わない。言えないのではなく、“言わないまま当然の顔で待つ”ようだった、といいます。

最も妙だったのは、その問い合わせの中に、ある住所が何度も混じったことです。
市内の同じ番地。古い住宅地の端。空き家が増えて、名前のない表札が並ぶ区画。
そこは、以前から「年の瀬に戸籍を動かすと、家が一人増える」と囁かれていた場所だそうです。家の中が増えるのではなく、“居ることになってしまう誰か”が増える……そんな言い回しだけが残っています。

告知どおり、停止が明けてサービスが戻った朝。
店頭の端末を使った人が、印字された紙を受け取ったそうです。住民の写しでも、印影でも、税の紙でもなく、なぜかもう一枚、白い紙が混ざっていた。
それは昨日の封筒と同じ質の紙で、角にだけ鉛筆の文字がありました。

「附」

その紙を捨てようとした人は、なぜか捨てられなかったといいます。
ゴミ箱に入れても、帰宅するとポケットに戻っている。机の引き出しに入れても、翌朝には玄関の靴の間に挟まっている。折っても、ちぎっても、同じ角の文字だけが残って、白さが戻る……そう語られています。

そして、ある家で、夜中に見知らぬ足音が増えたそうです。
家族のぶんより一つ多い。二階へ上がって、廊下を曲がって、誰も使っていない部屋の前で止まる。
扉は開かない。声もない。ただ、足音が毎晩“そこに居ることを確認する”ように止まる……そんな記録が残ったそうです。

標準化作業とは、揃えることだといいます。
例外をなくし、帳尻を合わせ、同じ形に整えること。
けれど、あの停止期間に揃えられたのが、証明の形式ではなく、「誰がここに属するか」という境目だったのだとしたら……。

今も、その市では、年末が近づくと、端末の前に静かな列ができる店があるそうです。
列の最後尾は、いつも入口から三歩の場所。床の目地が交わるところ。
そこに立っているのが誰なのか、店員も客も、なぜか確かめないままだそうです……。

  1. 戸籍の附票とは、日本において、本籍地の市町村と特別区が戸籍の編製と同時に作成し、その戸籍の在籍者の在籍している間の住所等の履歴を記録する公簿である。「戸籍の附票」という名称ではあるが、戸籍法ではなく、住民基本台帳と同じ住民基本台帳法を根拠法としており、その第3章に規定されている。(ウィキペディア↩︎

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

システム標準化に伴うコンビニ交付サービスの停止について/藤枝市ホームページ

システム標準化に伴うコンビニ交付サービスの停止について|藤枝市ホームページ
システム標準化の作業に伴い、各種証明書のコンビニ交付サービスが下記のとおり一時休止となります。ご不便おかけしますが、ご理解をお願いします。

 

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