一月十五日、冬の午後四時。都内の住宅街にひっそり残る小さな稲荷社では、どんど焼きの煙が早い夕暮れにほどけていった。吐く息は白く、陽射しだけがまだ、石と苔と土を温めている。
境内の端に、金網で囲われた焚き場がある。中では正月飾りや古いお札が崩れ、紙の繊維が赤く透け、ぱちぱちと細い音を立てる。周りには、厚手の上着を着た人たちが黙って並び、火の様子を見守っていた。誰も急かさない。誰も騒がない。あの沈黙ごと、毎年ここに戻ってくる。
焚き場の手前には、赤い前掛けを結ばれた狐像がいる。少し離れて石灯籠。狐は横顔のまま、焚き上げの煙を見送っているようにも、見張っているようにも見えた。
その日、彼は押し入れの奥から一つだけ持ってきた。掌に収まる古い守り袋。紐は色褪せ、布は薄くなっている。子どもの頃、母に手を引かれて来た時に授かったものだと聞かされていたが、彼はそれを覚えていなかった。覚えているのは、母の指先が冷たかったことだけだ。
並んでいる人たちの背中を見ながら、彼は守り袋を握り直した。火に投げ入れるのは簡単だ。けれど、燃やしてしまえば「戻る場所」まで灰になってしまう気がした。
順番が来た。彼は金網の入口に立ち、火の向こうへ腕を伸ばす。熱が頬を刺し、紙の焦げる匂いに混じって、どこか懐かしい墨の匂いがした。
守り袋を放る、その瞬間だった。
煙がふっと、逆向きに流れた。風ではない。煙だけが、時間を巻き戻すように、焚き場からこちらへ歩いてきた。
煙の中に、誰かの輪郭が浮かんだ。長い髪でも短い髪でもない、「その間」の形。肩の線が、彼の記憶の底に残る写真と同じだった。顔は見えない。けれど、その人は確かに、狐像の前で立ち止まった。
そして、狐の赤い前掛けに手を伸ばした。
結び目が、ほどけた。
次の瞬間、結び直される。左右の紐が揃い、余りが同じ長さになり、きつすぎないのに、ほどけない。母が、彼の靴紐を結ぶ時と同じ手つきだった。見えているのは煙だけなのに、その「結び方」だけが、はっきりと目に焼きついた。
彼は思わず狐像に目を向けた。赤い前掛けは確かに揺れ、結び目の向きが変わっている。
背中が粟立ったのに、怖さは来なかった。代わりに、胸の奥の空洞に、温いものがすうっと満ちていく。
煙の輪郭は焚き場へ戻り、今度は普通の流れに戻った。彼は遅れて守り袋を火へ放った。袋は一度だけ、火の上で浮いた。まるで、誰かが受け取って確かめてから落としたみたいに。
焚き上げが落ち着き、人々が少しずつ散っていく。彼は狐像の前に近づき、結び目を確かめようとした。触れるのが怖いのではない。触れたら、あの手つきの余韻が壊れてしまいそうで、指が止まった。
足元の土に、黒い灰がうっすら降っている。そこに、靴の跡ではない、小さな足跡が一つだけ残っていた。子どものものでも、獣のものでもない。五本の指が揃い、踵が浅い。薄い足跡は狐像の台座へ向かい、そこで途切れている。
彼はその場にしゃがみ、灰を指でなぞった。灰は冷えているのに、指先だけがなぜか温かい。
その夜、家に戻ってから気づいた。守り袋と一緒に、彼は押し入れから一枚の古い紙片も拾い上げていたらしい。コートのポケットに、くしゃりと入っていた。
開くと、そこには鉛筆の字で、幼い筆跡が書かれていた。
「また いっしょに くる」
自分の字だ。確かに自分の癖がある。けれど、彼はそんな紙を書いた覚えがない。まして母が亡くなってから、あの稲荷社に行ったことは一度もなかった。
翌年も、その翌年も、一月十五日の午後四時が来ると、彼はそこへ行った。焚き場の金網の向こうで紙が燃え、煙が立ち、人々が黙って並ぶ。狐像の赤い前掛けはいつも同じ場所にあるのに、結び目だけが、毎年少しずつ違う。
ある年は、ほどけかけている。ある年は、きつく結ばれている。ある年は、左右の余りがぴたりと揃っている。
彼はそれを見て、母の機嫌を想像した。そんなこと、もうできないはずだったのに。
どんど焼きは、正月を送る火だと言う。古い年を燃やし、新しい年へ渡るための火だと言う。けれど、あの煙はときどき、送るためではなく、迎えるために立ち上がる。
帰ってこられなかったものが、帰り道を覚えている時だけ。
結び方の癖のような、些細で確かな痕跡を頼りにして。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。



