足跡が呼吸する

写真怪談

国道沿いの歩道なのに、人の足跡がほとんど無い夜がある。

住宅地と呼ぶには家がまばらで、出歩くのは車だけ。雪が降った翌朝でも、残るのは狐やたぬきの細い線――そんな町だと聞いた。

その夜、歩道の雪に一直線の跡があった。等間隔で、まっすぐ。狐の歩き方そのものなのに、ひとつひとつが拳より少し小さい。大きすぎるのに、崩れずに残っている。

近づくと、跡の底がきらきらしていた。

ダイヤモンドダストみたいな光が、跡の中にだけ溜まっている。街灯の反射じゃない。光の粒が、押し潰された雪の層から“にじむ”みたいに見える。

手袋越しに、そっと触れた。

冷たいはずの雪が、そこだけわずかに湿っていた。指先が沈むと、薄皮が破れる感触があって、奥から生ぬるい空気がふっと漏れた。

息ではないはずなのに、息の温度だった。

同時に、一直線に並んだ跡が、全部いっせいに沈んだ。

一つずつじゃない。列の端から順にでもない。全ての跡が同じタイミングで、同じ分だけ、ぐっと深くなる。まるで雪の下に一本の大きな何かが横たわっていて、胸郭を動かしているように。

次の瞬間、沈みが戻った。

また一斉に、同じ分だけ浅くなる。雪面は何事もなかったように平らへ戻ろうとするのに、跡だけが呼吸に合わせて上下している。

怖いのは、音がしないことだ。

踏む音も、擦れる音もない。なのに“動いている”。きらめきの粒だけが、跡の底で小さく舞っている。降っているのではなく、内側から攪拌されている。

車が通るたび、ヘッドライトが歩道をなでた。

光が当たると、跡の中の粒が一瞬だけ強く光って、次の瞬間、列全体が少しだけ前へずれた。

足跡が増えたわけじゃない。

一直線の列が、まとめて“滑った”。雪の上を引きずった痕も残さず、等間隔のまま、ぬるりと位置だけ変える。雪の下の何かが、歩道の真下を這って、その上の空気穴みたいに跡を使っている――そう思った瞬間、胃が冷えた。

町に人の足跡が残らない理由が、急に違って見えた。

車社会だからじゃない。

歩道が、歩いた人の形を覚えるからだ。

試しに一歩だけ、雪に靴底を押しつけてみようとした。足を下ろす前に、列の跡がふっと浅くなった。呼吸が止まったみたいに。

そして、自分の靴が触れるより早く、いちばん近い跡の底が“盛り上がった”。

雪が膨らんだのではない。下から押されて、雪が薄く伸びた。薄い膜の向こうに、黒っぽい影が横切るのが見えた。毛皮でも、土でもない。濡れたゴムみたいな、光を吸う面。

足を引っ込めた。

その瞬間、跡の底から生ぬるい空気が抜けて、きらきらが舞い上がった。粒が風に乗って靴に絡み、靴底の溝へ入り込む。砂じゃない。軽すぎる。粉雪でもない。爪で払っても、繊維みたいに残る。

その夜はそれ以上近づけなかった。

翌朝、歩道を見に行った人が言った。

狐の足跡が二列あった、と。

一本はいつも通りの一直線。もう一本は、同じ等間隔で、同じ方向へ伸びているのに、跡の形が“狐じゃない”。底に、靴底の溝の模様がうっすらと刻まれていた、と。

しかも、溝の模様はひとつだけ不自然に欠けていた。昨日、きらきらを払い落とそうとして、爪で削ったあの部分と同じ形で。

その日から、町の歩道は誰も歩かなくなった。

車で移動するから、ではない。

雪が積もるたび、歩道には動物の足跡が増える。狐、たぬき、猫。どれも一直線で、等間隔で、妙に整っている。

そして時々、拳より少し小さい跡が混じる。

跡の底は決まって、きらきらしている。

あの光は、降ってきたものじゃない。

雪の下が、こちらの形を試している。

次に覚えられるのは、誰の歩き癖か。誰の靴底か。

国道の音がうるさい夜ほど、歩道の呼吸はよく分かるらしい。

静かな町で、音に紛れて、雪の下だけが忙しくなる。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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