とある町のはずれに、年の瀬だけ人が集まる古い鐘楼があるそうです。大晦日の夜、寺の当番が鐘を撞き、集まった人々は鐘楼の前で手を合わせる——ただそれだけの、よくある年越しの行事だったといいます。
ただ、数年前から近隣の苦情が増えたそうです。
「深夜に響く」
「百八を超えている」
「終わったはずのあとも鳴っていた」
言った言わないの水掛け論になり、寺は“終える時刻”と“回数”を示す記録の提出を求められるようになった。そこで年の瀬だけ、役所の生活環境の係が鐘楼の脇に立ち、簡易の騒音計と録音機で音を残し、数取り器で回数を押していく決まりになった——そういう話です。
鐘楼の前には安全のための柵が置かれ、参拝者は札を受け取り、順番に近づいて拝むだけでした。鐘を撞くのは寺の当番だけ。綱に触れる者はいなかったといいます。
当夜、係の者は柵の内側に折り畳み椅子を置き、録音機のランプを確認してから数取り器を構えたそうです。鐘楼の柱には、古い掲示板が残っていて、そこにこんな説明が貼られていたといいます。
「除夜とは、古いものを除く夜」
「百八は、二十四と七十二と十二を足した数にもなる」
行事の由来を添えた、観光向けの文章だったはずです。
鐘が鳴り始めると、音は乾いて骨に届いたそうです。低い一打のあと、遅れて木枠がきしみ、境内の空気がわずかに沈む。係の者は一打ごとに数取り器を押し、騒音計の数字をメモしたといいます。
最初の違和感は、二十七打目でした。鐘の音が鳴るより前に、“耳の奥が沈む”感覚だけが先に来たそうです。音ではないのに、身体が音を受け取ったように震える。周囲の参拝者は誰も顔色を変えず、列は静かに流れていたため、係の者は数を押し続けたといいます。
七十二打を越えたあたりで、数取り器が一度だけ、勝手に「二十四」に戻ったそうです。壊れたのかと叩くと、次の一打で「二十五」になる。戻ったのは一瞬で、以後は整然と増えていく。表示は正しすぎて、むしろ“誰かが整えている”ように見えたといいます。
係の者が掲示板の文言を思い出したのは、その時だったそうです。二十四、七十二、十二。足して百八。——まるで回数そのものが、掲示板の計算式に引き戻されているようだった、と。
百七打目。綱を引いた当番が息を吐き、綱が戻っていく、その途中で、録音機の波形だけが先に揺れたそうです。まだ鐘は鳴っていないのに、画面に“鐘の形”が出た。次いで本当の鐘が鳴り、遅れて波形が重なる。順番が逆だったといいます。
参拝列の先頭にいた年配の人が、何かに気づいたように立ち止まったそうです。鐘の余韻の底で、誰かが小声で数えていた。
「……にじゅう、よん」
「……ななじゅう、に」
「……じゅう、に」
それが誰の声かは分からないのに、列の人々が同じ方向を見た。鐘楼の暗がり——綱の影の、さらに奥。そこに、口だけがあるように見えたと言う者もいたそうです。
百八打目は、派手な音ではなかったといいます。鐘は確かに撞かれたのに、音が届かなかった。耳が塞がるのではなく、世界の側が「聞かなかったことにした」ような空白だけが残ったそうです。
その瞬間、参拝者の手にある順番札のうち、数枚が白紙になったといいます。印刷された数字が薄く滲み、次の瞬間には何も書かれていない札になっていた。札を握っている本人はそこに立っているのに、周囲が「さっきまで誰が先頭だった?」と尋ねても、誰も答えられない。顔が思い出せない。声も、服も、立ち姿も、記憶の中で輪郭だけが抜け落ちていたそうです。
録音機もおかしかった。停止ボタンを押しても止まらない。画面は「108」のまま、時間だけが増えていく。騒音計は無音を示しているのに、波形だけが淡々と“鳴っていない鐘”を刻み続けたといいます。
係の者が片耳だけイヤホンを差すと、鐘の低音の奥で、紙をめくる音がしたそうです。棚から束を引き出すような、乾いた紙音。その次に、判を押すような鈍い音。最後に、息を吐く声がして、こう言ったといいます。
「除きました」
若くも老いてもいない、どこにも属さない声だったそうです。
年が明けて数日後、その音源は役所の記録室に保管されたといいます。ファイル名は規則どおり「年末行事_鐘_108」になっていた。ところが中身は、百八打を越えて続いていた。音のない鐘、紙をめくる音、判の音、「除きました」の声。そこから先は、毎年少しずつ増えていくようだったそうです。
さらに、苦情対応の台帳から、当夜その場にいた何人かの氏名が消えていたといいます。筆圧は残っているのに、名前の部分だけが空白になっている。空白を見ていると、その人の顔が思い出せなくなる。連絡先欄も同じように抜け落ちていたそうです。
最後に消えたのは、記録を取っていた係の者の名前だった——そう書かれた付箋だけが、ファイル箱に残っていたといいます。誰が書いたのか分からない筆跡で、こう添えられていたそうです。
「百八は、終わりの数ではない」
録音機はまだ、どこかで回っているのかもしれません……そういう話です。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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数字の「108」に関わる各種の話題-「108」と言えば、除夜の鐘が撞かれる回数だが-数字の「108」と聞けば、多くの皆さんは、大晦日の除夜の鐘が撞かれる回数、を思いつくであろう。ただし、それ以外は、と聞かれると、これも返答に窮してしまう人が殆どだろう。今回は、この数字の「108」について、それが現...


