サイドテーブルを買い替えたのは、引っ越して初めて迎える年末だった。
部屋に合うようにと、少しだけ背伸びをして木目のきれいなものを選んだら、上に敷く布まで欲しくなってしまった。
雑貨屋で見つけたのが、あのランチョンマットだ。
和柄でも北欧でもない、どこの国とも言い切れない織物。縦横に走る色糸の中に、菱形の模様がびっしり並んでいて、店主いわく「向こうでは“並んで座る人たち”って意味の模様なんですよ」と笑っていた。
その言い方が妙に耳に残ったが、安くなっていたこともあって、深く考えずに買って帰った。
年末になると、妻がそのランチョンマットの上に正月飾りを並べた。
プラスチックの鏡餅に門松、わら細工に金色の紙。どれもスーパーで買った量産品だが、カラフルな布の上に載せると、急に「祭壇」のような存在感を持ちはじめた。
「ここに神さま、来てくれるかな」
妻がそう言って笑ったとき、模様の菱形が、人の横顔の列に見えた。
うつむいて、ぎゅっと肩を寄せ合って、サイドテーブルの縁に沿って一列に座っているような。
その夜、寝室にいると、リビングから小さな音がした。
紙袋を指で弾いたような、ぱさ、と乾いた音。続いて、コト、と何かがわずかに動く音。
猫はいない。空き巣ならもっと大きな物音になるだろう。
気のせいだろうと布団をかぶったが、耳の奥に、囁きとも紙の擦れる音ともつかない気配だけが、いつまでも残っていた。
翌朝リビングへ行くと、飾りが、わずかにずれていた。
鏡餅はサイドテーブルの中央から、手前に指一本ぶんほど。門松も、二つ並んでいたはずが、互いに少し向き合うように傾いている。
「掃除のときに当たったのかな」と妻は首をかしげたが、テーブルのまわりにホコリ一つ落ちていない。
ランチョンマットだけが、角を揃え直されたみたいに、きっちりと四角くなっていた。
三十日になるころには、ずれ方はもっとはっきりしてきた。
鏡餅はサイドテーブルの奥へ押しやられ、代わりに門松が中央を占める。
わら細工の飾りは、布の端ぎりぎり、落ちかけた場所に移動している。
「ねえ、これさ……誰か座ってるみたいじゃない?」
妻がぽつりと言った。
たしかに、飾りの配置でぽっかりと空いた場所は、人ひとり腰かけられそうなスペースに見えた。
菱形の模様が、その空白をぐるりと囲むように並び、そこだけ色が少し濃い。
ふと、鏡餅に貼られた札に目をやる。
「迎春」と書かれたはずの文字の、最後の「春」のはねが、墨だまりのように滲んでいる。
それが、誰かの横顔の輪郭のように見えた瞬間、背中にぞくりと寒気が走った。
大晦日の夜、僕はわざとリビングの灯りをつけたまま、サイドテーブルの見える位置で紅白歌合戦を眺めていた。
窓の外の除夜の鐘が、遠くで試し打ちを始める。
日付が変わる少し前、テレビの音がふっと遠くなった。
鼓膜が塞がれたような静けさの中で、サイドテーブルだけが、輪郭をくっきりと主張してくる。
鏡餅の上の橙が、微かに揺れた。
誰かがテーブルに肘をついたときのように、ランチョンマット全体がわずかに沈む。
目を凝らすと、空いているはずのスペースに、影が一つ増えていた。
座っている。
ぴたりと背筋を伸ばした、人の影だ。頭から肩にかけての線だけが、他より濃く、布の模様を飲み込んでいる。
髪が、布目とは逆方向に垂れて見える。まるで布の下から、影だけが表に浮き上がってきたようだった。
ごくりと唾を飲み込んだ瞬間、門松の竹の断面に、黒い水が満ちた。
照明の反射ではない。竹筒の奥が、夜の窓のように暗く沈み、その中に、白いものが浮かんでいる。
目だった。
血走った眼球が、竹筒の底からこちらをじっと見上げている。
瞬きもせず、ただ、座っている影の真正面から。
息を止めていると、布の端から、もう一つ影がにじみ出た。
菱形の列が歪み、そこからしみ出すように、背の低い人影がサイドテーブルの脚に寄りかかる。
声はない。ただ、ぎゅうぎゅうと詰め込まれる気配だけが増えていく。
「……並んで座る人たち、って意味の模様なんですよ」
雑貨屋の店主の声が、遅れて耳を打つ。
布の上で、影たちが、こちらをじっと見上げている。
「迎春」の札は、いつの間にか黒いインクで塗りつぶされ、読めない文字でびっしりと埋め尽くされていた。
鐘の音が響き、テレビの中で誰かが新年を叫んだ。
その瞬間、目玉の浮かんだ竹筒が、ぷつんと泡のようにはじけて、ただの門松に戻る。
影たちも、菱形の模様に溶けるようにして、ランチョンマットの中に沈んでいった。
ただ一つ、空白だけが残った。
誰かがそこに座っていたことを示すように、布のその部分だけ、ほの暗くへこんでいる。
正月が明けてすぐ、近所の氏神さまへお札を返しに行ったとき、神社の宮司に何気なく聞いてみた。
このあたりでは、年越しに誰かの席を用意する風習があるのか、と。
宮司は少し考えたあと、こう言った。
「昔はね、正月の神さまの席を、ちゃんと家の中に作ったらしいんですよ。
そこに座ってもらっている間は、そこを絶対に空けておく。
誰かがうっかり腰かけると、その年は“その人の年”になってしまうって」
「その人の年、というのは?」
「早く終わる年、という意味です」
冗談めかして笑ったが、目は笑っていなかった。
帰宅してサイドテーブルを見ると、ランチョンマットの空白は、前よりも深く沈んでいる気がした。
そこに誰かが座っていた体重が、まだ残っているみたいに。
次の年、僕たちは迷った末に、同じように飾りを並べた。
空白はやはり一つ分、きれいに空いている。
ただし、今年の札に書かれていたのは「迎春」でも「賀正」でもなかった。
太い筆致の見慣れない文字が、布の模様と同じ色で浮かび上がっている。
読めないのに、意味だけははっきり分かった。
「今年も、ここに座る」
そう告げる声が、サイドテーブルのあたりから、布を擦るような音と一緒に聞こえた気がして、僕はもう、そのスペースにものを置けなくなった。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
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