夏と冬のあいだに取り残された檻

ウラシリ怪談

とある地方都市の小さな市立動物園では、この夏、記録的な暑さが続いたそうです。
動物たちは氷の塊を舐めたり、ミストの噴射の下でじっと立ち尽くしたりして、どうにかその季節をやり過ごしていたといいます。

老朽化した獣舎はちょうどリニューアル工事の最中で、一部の檻は立ち入り禁止の黄色いテープで囲われ、飼育員と限られた動物だけが、その中を行き来していたそうです。
その様子を、夏には地元のテレビ局が「猛暑の中でがんばる動物たち」として取材し、夕方のニュースで放送しました。

秋が過ぎ、園内に冷たい風が吹き込む頃。
同じテレビ局が「今度は冬を迎えた動物たち」をテーマに、再び撮影に訪れたそうです。
新しい獣舎の一部が完成し、空調や床暖房が整った「冬仕様の檻」を紹介する企画だったといいます。

その日は朝から粉雪が舞っていて、外に出ている動物は少なかったそうです。
飼育員の案内で、撮影クルーはまだ完全には閉鎖されていない、古い獣舎の廊下を通り抜けることになりました。
そこはすでに電気も止められ、金属の檻だけが薄暗い通路に並んでいたといいます。

照明が落とされているはずのその廊下で、カメラマンはひとつ奇妙なことに気づいたそうです。
息が白くならなかったのです。

園内の他の場所では、話すたびに白い吐息が漏れていたのに、その廊下に足を踏み入れた瞬間だけ、空気がねっとりとまとわりつき、じわりと額に汗がにじんだといいます。
カメラのレンズも、冬には曇るはずの冷えたガラスではなく、真夏に屋外から冷房の効いた室内に入った時のように、一瞬で白く霞んだそうです。

「ここだけ、まだ夏が残っているみたいですね」
誰かがそう言ったとされますが、その声が録音に残っているかどうかは、はっきりしないといいます。

古い獣舎を抜け、新しい檻に入ると、そこには冬毛に着替えた動物たちが並んでいました。
空調のきいた室内で、暖かそうな床の上に丸くなり、ときどきガラス越しに取材班の方をちらりと見るだけだったそうです。
撮影は予定通り進み、クルーは無事に園を後にしました。

異変がはっきりしたのは、その数日後、編集室で映像をつなぎ合わせている時だったといいます。

編集担当者は、夏に撮影した映像と、今回の冬の映像を並べて「ビフォーアフター」のように見せる構成にしていました。
同じ檻、同じ位置から撮ったカットを何組も選び、半透明に重ねて季節の移り変わりを表現しようとしたそうです。

ところが、ある檻の映像だけ、どうしても重ならなかったといいます。

夏の映像では、日差しの差し込む檻の中で、猿の群れが鉄棒にぶら下がり、舌を出して大きく息をしていました。
冬の映像では、同じ檻――のはずの場所に、暖房の効いた室内と、ふわふわの毛に包まれた猿たちが映っているはずでした。

しかし、二つの映像を重ねて再生すると、猿たちの位置も数も、まったく違っていたそうです。
カメラの高さ、ズームの値、檻の角度を計算して調整しても、柵の太さやコンクリートの角だけがぴたりと重なり、肝心の動物だけがずれ続けたといいます。

編集担当者は、試しに透明度を上げて、夏と冬の映像が同じくらい見えるようにしました。
すると、夏の猿たちが鉄棒にぶら下がる位置のすぐ下に、冬の猿たちの影が重なり、そのさらに奥に、薄く伸びた別の姿が現れたそうです。

どの季節にも属していないような、色の抜けた毛並み。
檻の中にいるはずなのに、柵の外側、通路の方に、首だけがこちらを向いているように見える、曖昧な輪郭。
再生を止めても、その輪郭だけはブレず、じっとカメラの方を見続けていたといいます。

さらに不自然だったのは、音声でした。

冬の映像のマイクには、本来なら空調の低い唸りと、飼育員の説明する声が入っているはずでした。
ところが、その檻の前だけ、音を少し持ち上げると、聞こえてきたのは、夏のセミの鳴き声に似た、途切れ途切れの高い音だったそうです。
園の外から入り込んだノイズかと思われましたが、波形を拡大すると、空調音の上に、もう一つの厚みとしてべったりと貼り付いていたといいます。

夏の映像を同じ位置まで巻き戻してみると、そこには確かに、酷暑の日の檻の様子が映っていました。
猿たちは汗ばんだ鉄棒にしがみつき、熱せられた床を避けるように狭い日陰に集まっていたそうです。
編集担当者は好奇心から、「夏」と「冬」の映像を、フレーム単位で重ねることにしました。

すると、ある瞬間を境に、夏の猿たちと冬の猿たちが、まったく同じ動きをし始めたといいます。

それまでバラバラに動いていたはずの群れが、あるフレームで一斉に顔を上げ、全員が同じ方向――レンズの真ん中――を見つめたそうです。
夏も冬も、時期の異なる別々の撮影なのに、その「視線の向き」だけがぴたりと揃い、その奥に、さきほどの色の抜けた輪郭が、三つ目の層のように浮かび上がったといいます。

編集担当者は気味が悪くなり、その部分を数秒だけ切り出して、ほかのスタッフにも見せたそうです。
ところが、別のモニターで再生した映像には、色の抜けた輪郭は映らず、ただ夏と冬の猿たちが同時にこちらを向くだけの、不自然なシンクロに見えたといいます。

「気のせいだろう」と片づけるには、あまりにしつこく、何度見返しても、最初のモニターでは輪郭だけが残り続けたそうです。
結局、その檻のカットは短く編集され、夏の映像と冬の映像を並べて見せる構成も控えめにされたまま、ニュースは放送されたといいます。

放送から数日後、動物園には何件かの電話があったそうです。

「ニュースで猿が映っていた檻、あんな場所ありましたか」
「檻の奥に通路が見えたのに、先日行ったときは壁でした」

園の職員が録画を確認すると、確かに、木製の手すりが檻の奥に映っていたそうです。
現在は壁になっている部分で、工事の図面を見ても、一般客が通る通路はそこには描かれていなかったといいます。

さらに、同じ映像の一時停止画面を送ってきた視聴者の中には、柵の向こう側に小さな人影が写っている、と訴える人もいたそうです。
猿たちの足元、雪の積もったコンクリートの上に、裸足のように見える足首から下だけが、淡くにじんでいたといいます。

その影は、檻の中にも外にも属していないような位置にあり、床に落ちるはずの影が、なぜか夏の光の角度で伸びていたそうです。

問題の映像は、後に局のアーカイブ用に再度書き出されましたが、その時点で、編集室の最初のモニターで見えていた「色の抜けた輪郭」は、どこにも見つからなかったといいます。
代わりに残されていたのは、夏のセミに似た雑音だけで、音量を上げると、耳の奥でじりじりと焼け付くような気配だけが、いつまでも続いたそうです。

古い獣舎は、その冬のうちに解体されました。
工事に立ち会った作業員の中には、「最後の一日だけ、中が異様に蒸し暑かった」と話す人もいたそうです。
壁を壊しても配管は空で、電源も抜かれていたのに、床に置いた温度計の針だけが、真夏日を指したまま戻らなかったといいます。

新しい獣舎は、予定通り完成しました。
空調も整い、動物たちは快適そうに冬を越していると報じられたそうです。

ただ、その後も、局の動画配信ページで、その動物園を紹介するニュースの再生回数だけが、季節の変わり目ごとに急に跳ね上がることがあるといいます。
アクセス解析を見ても、視聴者の多くは、同じ十数秒のところで再生を止めているそうです。

そこには、夏と冬の映像が重なる、あの檻のカットが短く挟まれているといいます。
夏の暑さと冬の冷え込みがぶつかり合う、その狭い檻の中にだけ、まだ終わりきらない季節がひとつ、取り残されているのかもしれません……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

〖ニュースのその後〗今夏は記録的な暑さ 一転…冬を迎えた動物園の動物たちは今 リニューアルした獣舎の一部も紹介 山梨・甲府市立動物園

【ニュースのその後】今夏は記録的な暑さ 一転…冬を迎えた動物園の動物たちは今 リニューアルした獣舎の一部も紹介 山梨・甲府市立動物園 | TBS NEWS DIG (1ページ)
山梨県内の出来事のその後をお伝えしています。記録的な暑さとなったこの夏、リニューアル中の甲府市立動物園では動物たちもあの手この手で涼をとりました。冷え込みが強まる今、動物たちはどのように過ごしている… (1ページ)
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