裏口の坊やは、膝をついたまま

写真怪談

建物の表では、黄色い帽子の坊やが毎朝きちんと立っていた。
「飛び出し注意」の看板だ。道行く車に身を乗り出すような姿勢で、顔には二つの空洞。
だが裏口では、同じ坊やが横倒しにされ、丸太の切り株を盾にして膝をついている。手には、いつからか金属ブラシが括りつけられていた。

荷の搬入で裏へ回るたび、私はその坊やをまたいだ。台車の車輪に当たっても、誰も起こそうとしない。
ある夜、閉店後の静けさの中で、路面をこする音が聞こえた。
しゃっ、しゃっ、しゃっ。
懐中電灯を向けると、坊やの金属ブラシが地面に長い銀色の弧を残していた。風もないのに、腕が小刻みに震えている。私は見間違いだと決めた。見間違いにしなければ、裏口に近づけなくなる。

翌朝、表の坊やはいつもより前に出ていた。「飛び出す」角度が、ほんの少し深い。
その週、交差点で二度「ヒヤリ」があった。どちらも、子どもはいなかったのに運転手が急ブレーキを踏んだという。アスファルトに擦過の線が何本も増え、深夜に清掃車が来た。線の高さは、金属ブラシの先と同じだった。

裏口の坊やに触れてみると、塗装の表面が粉のように指についた。目の穴から覗くと、切り株の周りに白い粉が円を描いている。練習線。
坊やはここで、表の役目の予行演習をしているのだと気づく。飛び出す角度、止めさせるタイミング、驚かせる距離。
ただし、相手は車だけではない。
一度、私の足がその円にかかった。
しゃっ。
脛に金属がかすり、痛みと一緒に耳が詰まった。視界が一瞬あお白くなって、呼吸を忘れる。
看板の“目”の黒が、塗りつぶしではなく底の見えない穴みたいに見えた。吸い寄せられる気がして、慌てて視線をそらした。

その翌晩、表の坊やが消えた。盗難か、撤去か。交差点は急に静かになった。
代わりに、裏口の坊やが切り株の上に乗っていた。膝を深く折り、こちら側へ顔を倒し、空洞を私に向ける。
金属ブラシが小刻みに揺れ、路面に細い線を刻む。線は靴先の前で止まった。
「やめろ」と言葉が出たが、声は石垣に吸われた。私は坊やを押し倒し、切り株と台車の間に押し込んだ。
そのまま帰った。
翌朝、裏口に白い粉の円はなかった。代わりに、通りのカーブに新しい円弧が一つだけ増えていた。粉の混じった、まるでチョークの線。誰かが、渡っていった跡。

数日後、表の坊やは戻ってきた。新品のように色が濃く、帽子も黄が強い。だが私は、裏で膝をついたままの、塗料の粉を吐き出す方の顔を忘れられない。
今も裏口には、転がった坊やがいる。写真のままの姿勢で。
金属ブラシの毛は短くなっていた。磨り減っているのか、磨り減らされているのか。
風のない夜に裏手を通るときは、視線を下げて歩く。あの空洞と目が合うと、足元から力が抜けて転びそうになる。靴底に粉っぽさがまとわりつき、円の内側へ引き戻される気がするからだ。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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