ある地方都市の主要駅では、数年前からご当地の軽やかな曲が発車合図として流れていたそうです。朝夕の混雑にも、あの音色がひと息を入れてくれる、と言われていたそうです。
ところが、ある日の始発から曲が変わったといいます。どこにでもある汎用の「三番」と呼ばれる短い旋律が、突然ホームに満ちたそうです。駅の事務所でも変更予定はなかったのに、曲だけが入れ替わっていたそうです……それが、最初の違和だったといいます。
変わってから、秒針の進みが微かに鈍ったと話す人がいます。旋律が鳴る最中だけ、ホームの丸い時計の秒針が四分の一ほど戻るのだといいます。録画すると戻ってはいないのに、見ていた人たちは同じ場所で呼吸を合わせるように一拍分の間を取ってしまう……そんな証言が重なったそうです。
夕刻、車掌用の端末に「メロディーデータ更新」の履歴が出たそうです。時刻は二十六時〇三分で、日付欄は空白のまま固定され、何度消してもそこだけが埋まらなかったといいます。
三番が鳴るあいだ、ホームのLED案内の行き先が、ときどき実在しない駅名に変わっては、すぐ元に戻ったといいます。列車番号も時刻もそのままで、地図にない行き先だけが一拍ぶんだけ現れたのだそうです。
ある夜、最終の出発前、聞き慣れたはずのご当地メロディーが一小節だけ紛れ込んだといいます。スピーカーの位置とは合わず、ホームの端の、風の通り道から鳴ったそうです。その一節が消えたとき、列は前へ進まず、さざ波のように左右へ揺れただけで、乗り込むはずの人たちが数歩ぶんの記憶を落として立ち尽くした……そんなふうに語られています。
翌朝にはまた三番に戻っていました。しかし、時計は相変わらず一拍ほど足りず、録音では確かに等速なのに、その場にいると四つ目の拍が空気の奥へ吸い込まれる感覚が残るといいます。
いまも、その駅では三番が鳴っています。ご当地の曲が戻る手配は進んでいるそうですが、「戻す先の時刻」が欄外のままだといいます。たしかに些細な話ですが、あの駅に立つと、音の数だけ時間が欠けているように思われることがあるそうです……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
JR宇都宮駅のご当地発車メロディー 渡辺貞夫さんの名曲はなぜ消えた 計画的?想定外? 真相は…
JR宇都宮駅のご当地発車メロディー 渡辺貞夫さんの名曲はなぜ消えた 計画的?想定外? 真相は…|下野新聞デジタル「JR宇都宮駅のご当地発車メロディーが突如変更された。なぜ変わったのか調べてほしい」との依頼が、下野新聞の「あなた発 とちぎ特命取材班」(あなとち)に寄せられた。宇都宮線では世界的ジャズサックス奏者渡辺貞夫(わたなべさだお)さん(92)=宇都宮市出身=の代表曲「カリフォルニア・シャワー」が採用されていたが、駅に足を運ぶと確かに音色が変わっていた。


