ボトルの底から聞こえる声

晩酌怪談

夜更けのバーは、いつも静かだった。
客が一人、また一人と帰っていき、最後に残るのは俺と棚に並ぶ無数のボトルたちだけになる。氷の音が溶けて消える頃、決まって聞こえるのだ。
――カラン。
まるで誰かがグラスを置いたような小さな音。

その夜も同じように棚を拭いていた。
ふと、手を止める。
照明の下で、ボトルの列の色がどこかおかしい。
いつもは透明や琥珀、深緑とバラついているはずが、どれもがほのかに金色を帯びて見えた。
光の反射かと思って体をずらすと、その金色が、液体の中に沈んでいった。

カラン、と乾いた音がして、一番下の列の瓶がひとつ、横に倒れた。
床にこぼれた酒はなかった。
中を覗くと、液体はなく、ただ湿った匂いだけが残っていた。
――空になっていた。
誰が飲んだのか分からない。
気味が悪くて、黙って元の位置に戻した。

閉店後、在庫記録用に撮った棚の写真を確認して、息をのんだ。
倒れた瓶は写っていない。
けれど、同じ位置に、その空瓶が、液体の入った状態で立って写っていた。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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