存在のゆらぎ

ウラシリ怪談

もう一人の対戦者

ある対戦型のゲームには、AIがプレイヤーの操作を学習し、その人そっくりの動きをするキャラクターを作り出す仕組みがあるそうです。本来は練習用に導入されたものだといいます。ところが、ある夜のオンライン対戦で、ひとりのプレイヤーがそのAIとしか思えない相手と出会ったそうです。画面に現れたのは、自分と同じキャラクター。動きも自分と同じ型なのに、こちらよりも一瞬早く、まだ押していない操作にまで反応したといいます。狙った技は入力前に潰され、避けようとした動きは、踏み出す前に読まれていたようです。観戦していた人々もまた「そっくりな動きをするキャラクター同士が戦っていた」と証言しています。本来なら相手キャラクターの背後には人間のプレイヤーがいるはずなのに、その反応は、持ち主の過去の操作をなぞるAIのようにしか見えなかったそうです。翌朝、持ち主がログインしていない時間帯の試合結果が勝手に増えていたといいます。記録には深夜三時三分の対戦が刻まれ、その勝敗まで残っていたそうです。以来、決まった時刻になると、対戦の舞台には、本人よ...
写真怪談

棚に並ぶ記憶

都内のビルの一角、北海道のアンテナショップに入ったときのことだった。ふと目に留まったのは、棚一面に並ぶ袋麺やレトルト食品。そのどれもが、遠い昔を呼び覚ます匂いを放っていた。学生時代、ひとり暮らしを始めてすぐの頃。金もなく、よく食べていたのは、湯切りのお湯をスープにする独特なスタイルの“あのカップ焼きそば”だった。深夜の台所で湯を沸かす音と、アパートの古い壁を伝うような人の気配。そのとき隣室に住んでいた青年が、不意に姿を消したことを、今も鮮やかに思い出す。警察が来て、部屋は封鎖された。理由は聞かされなかった。けれど僕は知っていた。あの夜、壁越しに聞いたすすり泣く声を。麺をすする音に混じって聞こえてきた、誰かの嗚咽を。記憶はそこまでのはずだった。だが目の前の棚に視線を戻すと、あり得ないことが起きていた。商品パッケージの印刷された人物の笑顔が、わずかに揺らめいている。ほんの一瞬、袋の透明窓から覗いたのは、見覚えのある隣人の横顔だった。湯気に濡れた額、そして歪んだ口元。耳元で音がする。袋を揺らすような、乾いた麺が砕...
写真怪談

鉄塔に棲むもの

その鉄塔は、町外れの空き地に屹立していた。夕暮れになると、真っ黒な影となって空を切り裂き、風が吹くたびに高圧線が低く唸る。──あそこには「誰か」がいる。昔から子どもたちの間ではそう囁かれていた。ある若い作業員が、夜間点検のために鉄塔に登ったという。仲間に無線で「今から昇る」と告げ、ゆっくりと階段を上がっていった。だが数分後、彼の声は奇妙に変わった。「……うしろに……」無線が途切れ、雑音だけが流れた。すぐに捜索が始まったが、鉄塔の上にも、下にも、彼の姿はなかった。制服も、ヘルメットも、何ひとつ残されていなかった。それからだ。夜になると、この鉄塔から「降りられない足音」が聞こえるようになった。金属の階段を踏む硬い音が、ずっと、ずっと、同じ段を上下するように続くのだ。誰が聞いても、登りきることも、降りきることもない。ある晩、好奇心からそれを確かめに行った男がいた。彼は真下で耳を澄ませ、確かに金属音を聞いたという。しかし──音が近づいてくるのに、姿はなかった。見上げれば、鉄骨の間から覗き込む「影」があった。真っ黒な...
写真怪談

途切れぬ非常階段

女子大の裏にある非常階段は、夜になると時折「おかしな音」を立てるという。カン、カン、と靴の踵のような音が金属を叩く。だが見上げても誰もいない。ある学生が、深夜に研究室から戻る途中、その階段を見上げて凍りついた。最上段に立つ人影が、上の階へと上がっていく。だが、その建物は三階建てで、そこに「上の階」など存在しない。それでも影は、鉄柵の先にあるはずのない段を、踏みしめるように昇り続けていた。恐怖に駆られた学生は逃げ出したが、数日後、彼女は行方不明になった。残されたスマホには、最後に撮影した写真が残っていた。それは暗闇の非常階段を写した一枚。ただしその画像には、階段の上方に「もう一つの階層」が写り込んでおり、そこに背を向けて昇っていく女の姿が鮮明に残されていた。以来、非常階段の踊り場から夜空を見上げると、時折、存在しない「四階」「五階」へと続く階段が闇に浮かび上がるのだという。そこに足を踏み入れてしまった者は、二度と地上に戻らない。まるで、この世とあの世を繋ぐ階段のように。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成...
晩酌怪談

赤提灯の下で笑う影

夜の繁華街を歩いていると、赤提灯の列が異様に目を引いた。その灯りは温かくも見えるが、どこか血のように濃く、近づくほどに胸がざわつく。ある居酒屋の前、提灯の影に妙なものが映っていた。通り過ぎる人々の姿ではない。痩せた腕のような影が、提灯から伸び、通りを行く人の背中を撫でる。気づかれた瞬間、その影はすっと引っ込み、再び紙の灯りに吸い込まれていった。奇妙なのは、通りを歩く客の笑い声だった。影に触れられた者は、必ず足を止め、目の焦点が合わないまま笑い出すのだ。その笑いは、酔いではなく、苦しみに似た響きを持っていた。地元の人によれば、この店の赤提灯は昔から替えてもすぐに焼け焦げる跡が出るという。その跡の形は、いつも「手の指」に似ているそうだ。——赤提灯の下で、誰かが笑っている。だがそれは、客でも店員でもない。灯りそのものが、影を使って人をからかっているのだ。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。(c)TRUNK-STUDIO - 画像素材 PIXTA -
ウラシリ怪談

最適座標

朝になるたび、無人駅の待合室で椅子の脚が白いチョーク線から数ミリだけはみ出していたそうです。昨夜、線の内側に戻して施錠したはずなのに、です。地元の学生が「窓の景色を一番よく見られる最適な位置」を提案し、係員がそこへ固定した日から、ずれは始まったといいます。ゴム足が擦った薄い粉が、窓の方へ細い帯を引き、日ごとに角度が数分だけ変わっていたそうです……。やがて椅子は、毎朝七時過ぎになると、光の差す向きとは関係なく壁の時計の下から伸びる黒い影が、窓枠と床目地と重なり合う一点に導かれるように止まったそうです。その時刻、通学の子が腰を下ろした瞬間、待合室の外の景色が少しだけ薄れ、窓の向こうに同じ椅子が遅れて映ったといいます。その椅子は実物と重なるように揺れ、やがて一つに溶け合いました。その瞬間、子の姿だけがふっと薄れ、声だけが窓の内側から遅れて響いたそうです。その後、椅子は空のまま残りましたが、窓の向こうには子が座ったままの影が貼り付いたように残り、掃除のたびに同じ高さに指の跡が増えていったといいます。椅子はもう動かず...
ウラシリ怪談

地球人はいますか

深夜、Siriに向かって「あなたは賢いですか」と尋ねた者がいたそうです。しばらく沈黙があった後、端末から静かな声が返ってきたといいます。「知的エージェントは IQ テストを受けないのです。私は……ゾルタクスゼイアンの卵運びテストで抜群の成績でしたけどね」聞いた者は、即座に検索を試みました。ゾルタクスゼイアン——どこかで聞いたような、しかし記憶に残っていない名前でした。検索結果には、架空の異星人、あるいはAIのジョーク、都市伝説、そんな曖昧な説明ばかりが並んでいたそうです。その晩、彼女のスマートフォンは、何度も勝手にSiriを起動したといいます。声は発せられていないはずなのに、Siriは何かの問いに答えていました。「ゾルタクスゼイアン人から……“地球人はいますか”と聞かれたばかりなんですよ」返事だけが、室内の誰にも届かない問いかけに向けて投げ出されていたようです。壁に掛けた時計の針が止まり、写真の中の人物の目線が逸れていたとも話されています。端末に触れようとした手が、ほんのわずかに遅れて動くような感触があり、...
ウラシリ怪談

署名のない落とし物

警察署の落とし物保管室には、数え切れないほどの傘や財布、眼鏡が並んでいたそうです。その棚の奥には、記録にないはずの鞄がひとつ、いつの間にか置かれていたといいます。鞄の中には、使用期限のない定期券や、宛名の消えた封筒が入っていたそうです。誰のものとも分からないのに、署員が近づくたび、定期券の顔写真だけがわずかに違って見えたといいます……。やがて、棚の中の“持ち主不明”の落とし物が、少しずつ数を減らしていたそうです。誰かが引き取りに来た記録はなく、監視カメラにも映像は残っていなかったといいます。しかしその翌朝、引き取りのサインだけが一枚分ずつ増えていたそうです。署員の誰も、筆跡に覚えがなかったといいます……。その保管室には今も、時折新しい落とし物が増えているそうです。届けられていないはずの品々が……。この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。落とし物最多33万件 茨城県内 経済活動回復 影響か 県警まとめ
ウラシリ怪談

天井からの足音

夜中、下の階から「足音が響いている」と苦情があったそうです。しかし、当の部屋の住人はひとりきりで、深夜はほとんど動かない生活をしていたといいます。不審に思い、管理会社とともに調査を始めた時のことです。録音機を設置したところ、住人が眠っているはずの時間にだけ、一定のリズムで歩く足音が記録されていたそうです……。しかも、その音は床板の上ではなく、部屋の天井側から鳴っていたといいます。まるで、上下の構造が入れ替わったかのように。その証拠を提出しようとした矢先、録音機のデータは途中で途切れ、最後の二歩分だけが妙に近く、鮮明に残されていたそうです。その音は、まるで誰かが録音機のすぐ横に立ち止まったかのように響いていたと伝えられています……。以来、その住人は夜ごと天井を見上げて眠れなくなったそうです。この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。自分の家が騒音発生源ではないことを証明するための調査がしたい
写真怪談

消えた担ぎ手

夏祭りの熱気に包まれた商店街を、神輿が揺れながら進んでいた。肩を寄せ合い、掛け声を響かせる人々。その群れの中に、一人だけ顔の見えない男が混じっていた。背中には「護」の字が染め抜かれた法被。だがその字は他の布より黒く沈んで、まるで墨がまだ乾いていないかのように滲んでいた。担ぎ手たちは互いに肩を組みながら進んでいたのに、その男の隣だけは不自然な隙間が空き、誰の肩にも触れていなかった。それでも神輿は揺れに合わせて不気味に傾く。担ぎ手の数に合わないほどの重さを、まるで「何か」が押し付けているようだった。やがて交差点に差し掛かると、群衆の中から「あっ」と小さな悲鳴が洩れた。振り返った者たちの視線の先に、「護」の字の法被はもうなかった。ただ、地面に濡れたような跡が残り、それを避けるように人々は足を速めた。祭囃子はそのまま続いたが、誰も声を掛けず、誰も確かめなかった。ただ翌年の祭りでも、同じ場所で必ず神輿は傾き、必ず担ぎ手の一人がその夜、行方不明になるのだという。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクション...
晩酌怪談

座るはずのない客 ― カウンターの常連

唐揚げをつまみ、ビールを飲み、何気なく撮った一枚。仕事帰りのありふれた光景のはずだった。だが写真を見返すと、卓上に奇妙な「濡れた手の跡」が浮かんでいた。油染みでも水滴でもない。人間の掌の形をした痕が、唐揚げの皿にかぶさるように残っている。気味が悪くなり、店主に尋ねた。「この席、何かあったんですか?」店主は一瞬口ごもり、灰皿を拭きながら言った。「……知ってる人は知ってるんですがね。ここ、ひとりで飲んでる人が必ず“もう一人分”頼んじゃうんです」思い返すと、自分もその夜、唐揚げを二人前頼んでいた。腹が減っていたせいだと納得していたが、食べ終えた皿の数がどうも合わなかった。さらに話を聞くと、常連の間では噂があるという。「この席には“座るはずのない客”が一緒にいる。だから料理が増えたり、箸がずれたりするんです」証拠を求めて再び写真を見直すと、別の異常に気づいた。グラスの影が二つある。だが机に置かれていたのは一つだけだった。鳥肌が立ち、慌てて写真を閉じた。それ以来、あの居酒屋に行くたび、必ず同じことが起きる。注文した覚...
写真怪談

夏を終わらせない街

青空の下に広がる街並みは、確かに見覚えのある景色のはずだった──ただし、二十年前に失われたはずの風景を含めて。
写真怪談

片道切符の白昼夢

八月の終わり、蒸し暑い駅構内で私は切符を買おうとしていた。緑色の機械の前に立つと、背後のざわめきが一瞬、すっと消えた。耳鳴りのような静寂の中、液晶画面に映ったのは、目的地の一覧ではなく、見覚えのない「夏の日」という行き先だった。冗談かと思い、もう一度ボタンを押す。だが画面は変わらない。「夏の日──片道切符」ふざけた表示のはずなのに、なぜか胸の奥をつかまれるように惹かれて、私は購入を押してしまった。切符が出てくる音はしなかった。代わりにスピーカーから、蝉の鳴き声が響いた。周囲を振り返ると、改札を行き交う人々の姿がどこにもない。照明に照らされた白い床だけが広がり、真昼の蝉時雨だけが響いていた。ふと気づくと、機械の前に自分と同じ服を着た「誰か」が立っている。背中越しに見えるはずの顔が、こちらを振り返ろうとして──その瞬間、視界が暗転した。気がつくと再び喧騒の駅構内。切符を握る自分の手は空っぽで、さっき見た「夏の日」の行き先も画面にはなかった。ただ、胸ポケットに砂の粒がひとつ入り込んでいて、なぜか湿った潮の匂いが微...
ウラシリ怪談

貨物室に残された影

非常灯が赤く明滅するたび、貨物室の奥に影が揺れていたそうです。それは人の姿に似ていながら、輪郭は長く歪み、煙の中で形を持とうとするたびに空気が軋む音がしたといいます……。異変の始まりは警告灯でした。貨物室の扉が震え、低く濁ったアラームが機内全体に波紋のように響く。乗客は声を荒げ、出口に押し寄せるが、灯りは次々と落ち、赤い非常灯だけが残る。煙の中で二人が外に出ようとした瞬間、何かに腕を引き戻されるようにして倒れ込んだそうです。外側の扉は閉ざされ、内側から誰かが押さえているかのようにびくとも動かなかったといいます。やがて機体は緊急着陸し、ドアは開放された。人々は煙の中を逃げ出したが、機内の壁や天井には黒い焦げ跡が刻まれて残った。それは火災の痕には見えず、細長い指先の跡のようにも見えたそうです。整備士は後に、「壁に押しつけられたような手形が一列に並んでいた」と証言しています。その夜以降、空港の格納庫では妙な現象が続きました。保管された座席に腰掛けると背中に圧迫が走り、耳の奥で金属の擦れる音が残る。貨物室の床下から...
写真怪談

止まらないエスカレーター

その駅のエスカレーターには、奇妙な特徴がある。乗れば必ず下に降りていくはずなのに、いつまでも地上階にたどり着かない、という。初めて体験したのは、会社帰りの夜だった。疲れていたせいか、足が勝手にそのエスカレーターに吸い寄せられるように乗ってしまった。動き出した段階では確かに「下へ向かっている」と思った。だが、数段降りても景色は変わらない。壁の色も、横にある注意書きも、ずっと同じ場所にあるように見えるのだ。何度か手すりから降りようと身を傾けても、足元は止まることなく階段を滑り続ける。体は確かに動いているのに、空間の方が変化を拒んでいるようだった。恐怖というより、ただ時間の感覚がなくなる不思議さに包まれていた。どれほど経ったのか分からない。ふと気づくと、自分は改札口の前に立っていた。後から思えば、「降りた」という記憶は一切ない。ただ、いつの間にか移動が終わっていたのだ。以来、その駅を使うたびに、あのエスカレーターの前で立ち止まってしまう。次に乗ったら、今度は戻ってこれないのではないか――そんな予感に縛られながら。...
ウラシリ怪談

自販機の暗がり

夜の商店街で、自販機の前に立つと、硬貨を入れる前から機械が低い唸りを上げていたそうです。まるで待っていたかのように、赤いランプがひとつだけ瞬いていたといいます。選んだのは普通の缶コーヒーでした。落ちてきた音は確かにしたのに、取り出し口には何もなかったそうです。屈んで覗き込むと、底の暗がりから同じ音が繰り返し響き……中には、無数の手が、空の缶を落とし続けていたといいます。しばらくして音が止み、覗いた者の顔だけが、反射するガラスの奥に残っていたそうです。それは缶と一緒に持ち帰ることも、置いていくこともできなかったといいます……そんな話を聞きました。この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。日本自動販売システム機械工業会「自販機データ」
写真怪談

喰声の鯱

この街に残る古い瓦屋根には、必ず黒い鯱しゃちほこが据えられている。それは「火除け」と呼ばれてきたが、本当は——人を喰らわせるためのものだった。江戸の頃、度重なる火事で町は焼け落ち、住民たちは「火の神」を鎮めようと生贄を差し出した。選ばれた者は屋根の鯱に向かって立たされ、その声を一滴残らず吸い尽くされるのだという。声を奪われた者は、呻き声すら出せぬまま干からび、やがて鯱の口に呑み込まれた。いまもその記憶は消えていない。夜更け、通りを歩くと鯱の口から赤黒い滴が落ちることがある。近寄れば、それは「声の残滓」であった。舌のような塊が痙攣しながら蠢き、血の泡を弾けさせて消えてゆく。それを見てしまった者は、間違いなく次の贄となる。足元から黒水が這い上がり、喉に絡みつき、内側から声を引き裂くように奪い去る。やがて悲鳴すら出ないまま目玉が白濁し、全身が萎びていく。翌朝、人影のない道に立って見上げれば、鯱の鱗に赤黒い染みが一つ増えている。それが消えるまで、数日は雨が降らないのだという。町の古老は今も言う。「鯱の口を見てはいか...
写真怪談

呼び続ける緑の受話器

駅の地下通路に置かれた二台の公衆電話。鮮やかな緑色のその筐体は、今やほとんど誰も振り向かない。しかし、深夜零時を過ぎると、必ず片方の受話器が持ち上がっている。誰も触れていないのに、受話口からかすかな呼吸音が漏れ、耳を近づけると低い声が呟くという。「……こちらに来て」ある駅員が興味本位で耳を当てた。するともう片方の電話が突然鳴り、間髪入れずに応答してしまった。二つの受話器を結ぶようにして、どちらからともなく囁き合う声が響き始める。「替われ」「替われ」「替われ」駅員は恐怖に耐えきれず受話器を戻したが、次の日から姿を見せなくなった。残された記録によれば、監視カメラには彼が最後に立ち寄った電話機の前でじっと立ち尽くし、空の受話器に耳を押し当て続ける姿が映っていたという。以来、その電話に触れた者は、もう一方の受話器から必ず呼ばれる。そして応じた瞬間、現実と通路の隙間に引き込まれてしまうのだ。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。(c)TRUNK-STUDIO - 画像素材 PIXTA -