駅の地下通路に、灰色のカプセルが並んでいた。
コワーキングスペースとして普及してから数年、もはや日常の一部でしかない光景だ。
彼もまた、そこを通り過ぎようとした。
だが、二番目のカプセルの前で足が止まった。
――コツ、コツ、コツ……。
中から微かな音が漏れていた。
完全防音を売りにしているはずなのに。
耳を寄せると、それは何か硬いもので机を叩くような乾いた響きだった。
奇妙に思い、隣のカプセルに目を向けた。
するとそちらからも同じリズムが、ほとんど同時に鳴り出した。
さらに次のカプセルへ、またその隣へと、音は連鎖するように広がっていく。
やがて四つのカプセルすべてから、異様に揃った打鍵音が響き出した。
だが、覗き込んでも内部は空席のまま。
ただ、照明の光の中で机の表面が震えているように見えた。
恐怖に駆られ、通路を後ずさる。
ところが、音は彼の後を追うように「コツ、コツ、コツ」と位置を変えながら響き続けた。
離れるほどに遠ざかるはずなのに、真横の壁から、背後の天井から、足元の床から。
方向感覚を狂わせながら、音はどこまでもついてきた。
改札を抜け、駅を出ると音はぴたりと止んだ。
だが、耳の奥にはいまだに残響がまとわりついている。
カプセルを利用したこともないのに、彼の脳裏には“そこに座る自分”の姿が、妙に鮮やかに浮かんで消えなかった。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
(c)TRUNK-STUDIO – 画像素材 PIXTA –
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