受け身のいない床

ウラシリ怪談

ある格闘ゲームのアップデートで、追加キャラクターが配信されたそうです。投げ技を軸に、掴んだあとで派生を重ね、相手の体勢を崩していくタイプ。動きの収録には、実在するプロレスラーが関わっていたといいます。

その少し前、動作収録を請け負う小さなスタジオで、夜間だけの手伝いをしていた人がいたそうです。仕事は単純で、床のマットを張り替え、反射マーカーの数を合わせ、撮影のあとに散らばった物を拾う。何かを作っているというより、撮った動きを壊さないように片付ける仕事だったといいます。

その夜に来た演者は、体が大きく、動くたびに床が鳴ったそうです。投げの入り方だけで空気が沈み、腕を回しただけで照明がわずかに揺れる。相手役は用意されていたのに、演者は「今日はいらない」と言ったといいます。空の相手を想定して収録すること自体は珍しくないそうですが、その言い方が少し妙だった、と。

撮影が始まると、演者は誰もいない場所へ手を伸ばし、腰を落とし、何かを抱え上げるように体を捻ったそうです。空の動きなら、もっと軽く見えるはずです。ところが、その人の肩は沈み、膝はきしみ、足裏は滑りかけた。確かに“重さ”を受けている体の出方だったといいます。

一番おかしかったのは、投げたあとの瞬間だったそうです。

普通なら、相手役がいなければ、受け身の音はしません。床が鳴るとしても演者の着地だけです。けれど、その夜は、演者の動きが止まった半拍あとに、別の位置で「どす」と鳴ったそうです。柔らかいマットの上なのに、妙に内臓へ響く鈍い音。しかも一度ではなく、投げの派生ごとに、毎回少しずつ場所を変えて鳴ったといいます。

演者はそれに触れなかったそうです。聞こえていないふりなのか、本当に聞こえていないのかは分からない。ただ、何本目かの収録で、カメラの外を見て小さくうなずいたことがあったといいます。相手役など、そこにはいないはずなのに。

撮影が終わって、床を片付けた時でした。マットの表面に、汗ではない濡れが残っていたそうです。人が倒れた形ではありません。背中や肩の形でもない。もっと狭く、もっと硬い、丸い点がいくつも並んでいたといいます。間隔の揃った円形の濡れ跡。まるで、見えない相手の身体に、収録用のマーカーだけが付いていたみたいだったそうです。

拭いても取れなかった、と聞きます。水分は取れるのに、輪郭だけが残る。乾くほどに濃くなり、黒ずみ、床の中へ染みていく。数を数えると、演者のスーツに付けたものとは別に、もう一人分あるように見えたそうです。

気味が悪いので、その部分のマットは裏返して保管することになったといいます。ところが、裏返した直後、保管棚の奥で「どす」と鳴ったそうです。誰も触っていない。立てかけた板も揺れていない。それでも、今しがた誰かが受け身を取ったような音だけが、棚の内側で鳴った。

それから、妙なことが続いたそうです。

誰もいない時間に、スタジオの隅のマットだけが少しずつずれていく。壁際に寄せたはずなのに、朝になると中央へ戻っている。防犯カメラには何も映らない。ただ、映像の音声には、時々、短い呼気が入っていたといいます。投げられる瞬間に、胸から漏れるような、あの息です。

アップデートの日、動作確認のために、その追加キャラクターをスタジオの端末で表示した人がいたそうです。画面の中の人物は、収録したとおりに腕を回し、掴み、持ち上げ、叩きつける。よくできた動きだったといいます。

けれど、端末の前の床で、何もない場所のマットがへこんだそうです。

人一人が落ちた時のように、中央から沈み、遅れて縁がたわむ。画面の中で投げ技が決まるたび、床の別の場所が沈む。派生が入るたび、受け身のない場所から鈍い音が返る。誰も近づけなかったそうです。見えていないだけで、そこに“受ける側”がいるとしか思えなかったからです。

その時、演者の収録データを管理していた人が、ひとつ気づいたそうです。投げの連携が滑らかすぎたのです。空の相手を想定した動きなら、間合いの探りや重心の調整が少し入るはずです。けれど、そのデータには迷いがない。最初から、掴む位置も、落とす重さも、受け身の返りも、全部そこに“ある”前提で動いていたといいます。

だから、完成したのかもしれません。

追加されたのは、画面の中の使い手ではなく、その相手のほうだったのではないか――そう言った人もいたそうです。投げられるための身体。受け身だけを繰り返す相手。顔も名前もなく、ただ床に落ちる役だけが、収録のたびに少しずつ形を持っていったのではないか、と。

最後に残ったのは、保管棚の奥のマットです。表にも裏にも、もう何の汚れも見えないそうです。けれど、深夜にスタジオへ入ると、ごくたまにその一点だけが、誰も乗っていないのにへこむといいます。沈み方は静かで、持ち上がり方が遅い。まるで、起き上がる前に、もう一度投げが来るのを待っているみたいに。

次のアップデートが来た時、あの床がもう一人分沈むのかどうか。誰も確かめていないそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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